#8 801号室、夜半のふたり

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──Side 隆平  間の悪さというものを、こんなにも呪いたくなったことはない。しかも、自分ではなく他人の。  細い身体をすっぽりと布団に収め、「服着たら、怒る?」と顔だけを覗かせているつばきを見遣る。「怒る」と短く返し、向井の社用携帯にリダイヤルした。  ──後ろ、向いておこう。こんなかわいい生き物が視界に入ったら、仕事の話に集中できない。  やっと収まってきた俺の俺を見下ろしてため息をついていると、2コール目で向井が出た。「隆平さん、お疲れさまです。すいません。飲んでましたか?」「いや、大丈夫」「あれ?函館営業所の人たちとは」「断った」──まさか、高瀬(・・)と裸でいちゃついていたとは言えるわけがない。 「それより、なにかあったのか?まだ会社なんだろ?」 「はい。急用なんです。来週発行分のことで」 「俺の案件か?」 「SANOさんのピックアップ記事の件で、佐野部長から連絡がありまして」  佐野──爽やかに整った、モデルや俳優を思わせる容姿を持った男を思い出す。仕事相手としては申し分ないどころか余りあるくらいだが、敵には回したくないタイプだ。特に、異性関係では。 「あ、でも、記事の内容って高瀬さんが担当でしたっけ。すいません、先方が隆平さんを指名したものですから」 「いまは俺が担当だからいいんだ。で、なんだって?」 「内容にミスがあったそうです。印刷、もう回しちゃってますよね?Webのほうは間に合いそうですけど」  さっと血の気が引いた。例の記事を掲載した誌面が発行されるのは来週の火曜日だ。明日を入れてもあと三営業日しかない。  校了は、原則として発行日から四営業日前の午前としている。要するに今日の午前だが、今回は原稿が早く上がったため、うちの担当分については月曜日の夜──出張前日に、印刷工場の担当者へデータを送っていた。  頭の中で計算する。今日中に記事を修正できたとしても、工場の担当者が確認するのは明朝だ。印刷は校了日の夕方か翌日に行うので、二分の一の確率で間に合わないことになる。
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