#8 801号室、夜半のふたり

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──Side 隆平 「印刷担当には確認したか?」 「電話したんですけど、もう退勤しているみたいで誰も出ないんです。佐野さんから連絡いただいたのがさっきで」 「そうか……」  この時間に退勤しているなら、印刷は明日になったのかもしれない。あくまで希望的観測だが。 「どこが間違っていたか、聞いてるか?」 「いえ、詳しくは。ただ、冒頭の部分で致命的なミスがあったみたいです。先方も、気が付かなくて申し訳なかった、って言ってました」  冒頭では株式会社SANOの創業の歴史を紹介している。簡単なものではあるが、近年のSANOの飛躍の理由に迫る部分だからここは外せない、とつばきが意気込んでいた。事実、彼女がそこを何度も書き直していたのを知っている。  完成した原稿については、俺はもちろん、係長まで目を通しているのだ。それがなぜ、いまごろ──。 「致命的な……」  向井の言葉をなぞりかけて、はっと口を噤んだ。SANOの件についての外的な担当は俺、内的な担当はつばき。元を辿っていけば、今回のミスは俺ではなくつばきのものだということだ。 「隆平さんから連絡入れていただけますか?函館に出張中だって伝えたら、掛け直してほしいと言われてしまって」  そっと振り返ると、つばきは布団にくるまってまどろんでいた。この暑い中何社も訪問し、慣れないこと(・・・・・・)をしたせいで疲れたのだろう。いつもの強情さなど微塵も感じさせないその姿に、可愛いな、と頬が緩む。 「分かった。すぐ連絡する」  つばきに話すべきか、黙っておくべきか。  SANOの担当は俺たちふたりだ。彼女が書いた記事とはいえ、見逃してしまった上司の俺にも責任がある。佐野さんへは俺が連絡し、記事の修正はつばきにやってもらう。それが一番良い方法だと、はっきり分かっている。だが──。 「お願いします。高瀬さんには」 「俺から伝える。悪かったな。連絡くれて助かったよ」  向井のほっとしたような返事を聞いて電話を切ると、すぐに、「なにかあったの?トラブル?」と心配そうな声が飛んできた。
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