#8 801号室、夜半のふたり

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──Side 隆平 「なんか、それって」 「なんだよ」 「付き合ってるみたい、だね?」  なにを言い出すかと思えば、すっとぼけたことを。これ見よがしにため息をついてやると、「だって、彼氏の家にお泊まりして彼氏の車で彼氏と一緒に出社するなんてイベントが、自分の人生に起きると思わなくて」などと抜かしてくる。  彼氏、というワードを何回言えば気が済むんだ。おかげで俺まで恥ずかしくなってくる。これは天然なのか?……天然、なんだろうな。 「これからは、そういうイベントがバンバン起こるから覚悟しとけ。おまえは俺の彼女なんだから」 「やめて、面と向かって彼女なんて言わないで」  恥ずかしい、と呟きながらキャミソールを被り、ブラウスのボタンを留める姿に寂しさが湧き上がってくる。  ああ、戻っていく。恋人になった事実まで戻ってしまわないだろうか。狭いセミダブルベッドの中で、朝まで一緒にいたかった。つばきもそう思ってくれているといいんだけど。 「じゃあ、行くね。……あっ」  すっかり同僚の姿に戻ったつばきが、立ち上がろうとしたところで声を上げた。俺はというと、どうせスウェットに着替えるし、といい加減にワイシャツを羽織ったところだ。 「時間ないのにごめん。ひとつだけ、隆平に訊いておきたいことがあって」  ご丁寧に俺に向き直った彼女の表情は強張っていた。どんな言葉が飛び出すのか想像がつかないので、とりあえず待つしかない。 「あの、ね……隆平って、茉以子と」 「梁川?」  思わず訊き返すと、「反応、早い」と低い呟きが戻ってくる。なんとなく、面白くなさそうな。 「いや、ここで梁川の名前が出てくるとは思わなくて」  つばきや久保は地方の営業所からの異動組だが、俺と梁川は入社時からの本社組だ。同期入社の本社組はそう多くなく、梁川とはもっと打ち解けてもいいはずだった。 「茉以子と、なにか……あった、の?」  短い髪を忙しなく耳にかけ、俺の出方を窺っているような目つきにひやりとする。なにかあった、とは、どこからどこまでの範囲を指すのか。
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