#8 801号室、夜半のふたり

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──Side 隆平 「どうしてそんなこと訊くんだよ」 「なんと、なく。ほら、ふたりとも本社組だし付き合いが長いでしょ。茉以子ってあのとおりすごく可愛いし、隆平の遊び相手にはならなかったのかなー、なんて」  不自然な早口と定まらない視線が、俺の「ひやり」を加速させる。「つばきに言ってもいい?」──少し粘性のある高い声が蘇る。しかし、黙っておくね、と付け足していたはずだ。もしつばきになにか言ったのであれば、とっくに訊いてきているはず。 「なにバカなこと言ってんだ。同期に手なんか出さねえよ」 「……そうなの?」  わたしは?と言いたげな顔をされたので、「本命は別だけど」と加えた。ほんめい、と繰り返したあとで口元が微かに緩む。つばきは梁川と違って分かりやすい。周りが彼女たちに持っている印象とは逆かもしれないが。 「じゃあ、茉以子とは、なにもない?」  念を押すように手を握られて僅かに怯んだ。なにもない、とは、どこからどこまでの範囲を指すのか。 「なにも、ねえよ。梁川のことはあまり知らないし」  嘘ではない。決して、同期以上の関係ではないからだ。彼氏がいるとかいないとか、出身がどこかとか、家族構成とか、つばき以外の女性社員と話しているところをあまり見かけないがどうなってんだ、とか──どれも知らないし、興味もない。知る気も尋ねる気もない。  梁川茉以子という女は、なにを考えているのかいまいちよく分からない。 やすやすと手の内を明かしそうな雰囲気を持ちながら、きっと、誰もあいつのことを知らない。だけど、根は悪いやつではないと思う。
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