#8 801号室、夜半のふたり

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──Side 隆平 「そ、っか。だよね。変なこと訊いて、ごめんね」  じゃあ行くね、と背中を向けられた瞬間に細い手首を掴んだ。彼女が振り向いた隙にキスをする。こんなことをしたら余計に離れがたくなるのに、バカか、俺は。 「明日の朝、6時出発」 「……うん。早起き頑張る。隆平も無理しないでね」 「日が回る前にはなんとかする」 「もし必要だったら、何時でもいいから連絡して」  優しく頼もしい言葉に心が揺らいだ。同時に、あの嫌味ったらしい外車の中でのキスシーンが蘇る。思い出しただけで気分が悪い。二度と、あの食えない男とつばきを近づけたくない。 「ありがとな。ゆっくり休めよ」  これ以上一緒にいたら、仕事のことなどどうでもよくなってしまいそうだった。ドアが閉まった音を確認し、溜め込んでいた息をつく。  いま俺が話したのは、嘘と真実の狭間みたいなことばかりだ。 正直で真面目なつばきに対して誠意の欠片もないと思う反面、100%の嘘はついていない、という妙な言い訳をしたくなる。SANOの件は俺にまったく関係のないミスではないし、梁川とのことだって──。  ──隆平くんってね、なんか、似てるの。昔、わたしのことをすごく好きでいてくれた人に。  何年も前の話だ。当時の俺は最低極まりない性生活をしていたが、あいつにキスをされても劣情は湧いてこなかった。理由は分かりきっている。あのときの梁川が、紛れもなく本気だったからだ。
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