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──Side 隆平
「一応、チームを束ねている立場ですから。佐野部長のように大勢の部下がいるわけではありませんが」
「確かに数は多いですが、慕われているかと訊かれたら怪しいな。鬼なんて呼ばれているのを聞いたことがあってね」
「鬼、ですか。普段の佐野さんの雰囲気からは想像できないな」
「僕は外面がいいんですよ」
本題に入りましょうか、と促され、暗く落ちたタブレットの画面に触れた。鬼の佐野か。俺如きが完璧に対応しきれるだろうかと、壁の向こうの愛しい存在に頼りたくなる。
「高瀬のように文章がうまくないので申し訳ありませんが、精一杯対応させていただきます」
「文章自体の修正ではないので大丈夫ですよ。それにね、精一杯対応しないといけなかったのは僕のほうなんだ」
鉄板のように平坦だった口調が、初めて揺れた。違和感をおぼえたのは一瞬のことで、「具体的にお話ししますね」と元のビジネス口調に戻る。
「つばきちゃん、創業の歴史の中でうちの社長のことを書いてくれているんです。個人商店に毛の生えたようなものだったうちの会社を、ここまで大きくしたのは現社長ですから」
社長──つまり、この人の父親のことだ。親父がトップとして君臨している会社に入り、上司と部下として日々の仕事をこなすのはどんな気分なのだろう。
田舎の役場で部長職として働いている自分の親父を思い出し、思わずふっと息を吐いてしまった。無理だな、俺には。
「いろんな会社に資本参加して子会社にしたり、小さな会社を買収したりね。その功績の一部を書き記してくれたんですが、内容に齟齬が見つかったんです」
「ええと……最初の10行ほどの中のことでしょうか。具体的には」
「バカみたいに簡単なところです。ある商店を買収したんですけどね、年が間違っていたんですよ。ほら、この5行目にある」
「ああ、ここですか。株式会社三枝商店?」
「はい。そのすぐあとに店舗数を大幅拡大しているんですが、そこの順番も狂っちゃっててね。お恥ずかしい限りです」
つばきちゃんには何度も校正をいただいて、最終確認もしっかりしてもらいました。だから、彼女はなにも悪くありません。
やけにきっぱりとした言い方だった。つばきを庇っている、というわけではなさそうだ。それにしても──この人が、こんな凡ミスをかますとは思わなかった。確かに致命的ではあるが、俺でも十分に対応できる範囲だ。
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