#8 801号室、夜半のふたり

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──Side 隆平 「では、修正したものを一度メールで送りますね。時間はかからないと思いますが、まだ会社にいらっしゃいますか?」 「ええ、当分は」  電話の向こうは相変わらず張り詰めている。この人は、俺たちのようにポッキーだのじゃがりこだのをつまみながら残業なんてしないんだろうな。 「それでは一旦……」 「本当に申し訳ない。今回の件については、完全に僕のミスです。線引きがどうとか、人のことを言える立場じゃないですね」  あの完全無欠とも言える、ちょっとやそっとじゃ表情を変えないような男の顔に翳りが見えたような気がした。  電話でやり取りできる空気というのはそう多くはない。相手の顔も見えず、机の上がどうなっているのかも見えず、もっと言えば、どこから掛けているのかも定かではない。それでも、不思議と伝わってくる空気はあるものだ。  営業職としてこの会社に入って7年目。クライアントと顔を突き合わせるのと同じくらいの時間を、電話対応に費やしてきた。俺は営業職としてもリーダーとしてもまだまだだが、いわゆる「行間を読む」行為が苦手なわけではない。 「……なにか、あったんですか」  俺は、この男についてなにも知らない。仕事相手としての付き合いも浅いし、プライベートに至っては言わずもがなだ。  それでも、この(ひず)んだ空気を感じ取らずにはいられない。今回のミスといい、食えない男の見てはいけない部分──人間らしい部分を覗いてしまった心地だ。
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