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「今日、泊まりたいって言ったら怒る?」
ねだるように甘く問われ、膝から崩れ落ちそうになる。東くんって甘え上手なんだよね。いつか聞いた女性社員のセリフが蘇る。こんな隆平を他の誰かが知っているなんて考えたら、少し、いや──相当、気分が悪い。
甘えるならわたしだけにして、なんて、そんなことを言ったら引かれてしまうだろうか。彼女とは、恋人とは、どこまで踏み込んで許されるものなのだろうか。初心者にも分かりやすく、境界を示す白線があればいいのに。
「……怒らないけど、だめ」
「なんで」
「えっと……実は、あれで」
「あれ?」
「だから、その、あれだってば。だから、だめなの」
「……だめな、あれ?」
どれだけ訊き返せば気が済むのだ。なんと伝えようか迷って黙り込んだとき、彼が「ああ」と閃いたような声を出した。そして気まずそうに数秒の間を取った後、「身体、大丈夫か?」と遠慮がちに尋ねてきた。
*
「あの……なんか、ごめんね」
「どうして謝るんだよ」
三色丼がちょうど半分ほどに減ったころ、向かいで「ほんとにうまいな」と早々に平らげてしまった隆平をじっと見つめる。
「べつに、やりたいだけでおまえと付き合ってんじゃないから」
「そうは、思ってないけど」
「洗い物は俺がする。ソファーで横になってろよ」
意外な発言に目を丸くしていると、彼が「大丈夫か?」と隣に移動してきた。わたしの腰の辺りを撫でながら、飯作らせてごめんな、なんて言い出すからもっと驚いてしまう。
「大丈夫、だよ。今日はもうそんなに辛くないし」
「おまえ、全然イライラしてないから分かんなかった。昨日も平気な顔で残業してたし」
「仕事ですから。毎月のことだし」
変な気を遣わせてしまっただろうか。だけど、これ以外にお泊まりを断る理由なんてない。本当はわたしだって、あの夜の続きがしたい。囁かれたところから、触れられたところから溶けそうな、あの感覚を欲している。
逞しい腕が伸びてきたことに気づいたときには、全身をすっぽり包まれていた。
こんなふうにされてしまっては食べるに食べられない。腕を回されている脇腹がくすぐったいし、なにより落ち着かない。それを知ってか知らずか、「つばき」と彼氏の声で呼ばれるのだから、堪ったものではない。
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