#9 うだる暮れに嘘を知る

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「今日、泊まりたいって言ったら怒る?」  ねだるように甘く問われ、膝から崩れ落ちそうになる。東くんって甘え上手なんだよね。いつか聞いた女性社員のセリフが蘇る。こんな隆平を他の誰かが知っているなんて考えたら、少し、いや──相当、気分が悪い。  甘えるならわたしだけにして、なんて、そんなことを言ったら引かれてしまうだろうか。彼女とは、恋人とは、どこまで踏み込んで許されるものなのだろうか。初心者にも分かりやすく、境界を示す白線があればいいのに。 「……怒らないけど、だめ」 「なんで」 「えっと……実は、あれで」 「あれ?」 「だから、その、あれだってば。だから、だめなの」 「……だめな、あれ?」  どれだけ訊き返せば気が済むのだ。なんと伝えようか迷って黙り込んだとき、彼が「ああ」と閃いたような声を出した。そして気まずそうに数秒の間を取った後、「身体、大丈夫か?」と遠慮がちに尋ねてきた。 * 「あの……なんか、ごめんね」 「どうして謝るんだよ」  三色丼がちょうど半分ほどに減ったころ、向かいで「ほんとにうまいな」と早々に平らげてしまった隆平をじっと見つめる。 「べつに、やりたいだけでおまえと付き合ってんじゃないから」 「そうは、思ってないけど」 「洗い物は俺がする。ソファーで横になってろよ」  意外な発言に目を丸くしていると、彼が「大丈夫か?」と隣に移動してきた。わたしの腰の辺りを撫でながら、飯作らせてごめんな、なんて言い出すからもっと驚いてしまう。 「大丈夫、だよ。今日はもうそんなに辛くないし」 「おまえ、全然イライラしてないから分かんなかった。昨日も平気な顔で残業してたし」 「仕事ですから。毎月のことだし」  変な気を遣わせてしまっただろうか。だけど、これ以外にお泊まりを断る理由なんてない。本当はわたしだって、あの夜の続きがしたい。囁かれたところから、触れられたところから溶けそうな、あの感覚を欲している。  逞しい腕が伸びてきたことに気づいたときには、全身をすっぽり包まれていた。  こんなふうにされてしまっては食べるに食べられない。腕を回されている脇腹がくすぐったいし、なにより落ち着かない。それを知ってか知らずか、「つばき」と彼氏の声で呼ばれるのだから、堪ったものではない。
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