#9 うだる暮れに嘘を知る

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「しょっぱい」 「ご飯食べてる途中にこんなことするほうが悪いんでしょ」 「確かにな」  額を擦りつけ合いながらひそひそと言葉を交わし、結局はされるがままになる。 いつの間にか彼の胸にもたれかかるような格好になっていることに気づき、体勢を立て直そうとしても無駄だ。ウエスト周りを優しくホールドされ、「向かい合ったほうがキスしやすい」とじりじり促される。 「ねえ、まだ食べ終わってない」 「飯と俺、どっちがいいんだよ」 「なにそれ、究極の選択のつもり」  中途半端に膨らんだお腹を撫でると、甘じょっぱい鶏そぼろの続きが恋しくなる。それなのに、熱く疼き始めている身体は違うものを求めている。 人間の三大欲求にも優劣があるというのか。長らく二大欲求のみで生きてきたわたしにとっては信じがたい事実だ。 「つばき、どっち?」  ローズクォーツのピアスを弄るようにわたしの耳朶を指で挟み、頬やこめかみに柔らかなキスを落としてくる。なあ、どっち?吹き込まれる声は掠れて甘い。上司じゃない「彼氏」の声に、わたしはたぶん、とても弱い。 「鶏、そぼろ……じゃなくて」 「じゃなくて?」 「隆平、が、いい……かも」 「じゃあこっち向けよ。上司命令」  上司のときは、こんな声出さないくせに。口には出せない文句を燻らせながらおずおずと振り向く。 超至近距離に、溶けそうに甘い砂糖顔。女の子みたいに小さな唇が獲物を求めるみたいに開いて、わたしの唇にかぶりついてくる。 「ていうか、かも、じゃないだろ。俺がいい、って言ってみ?」 「やだ。やっぱり隆平、性格悪い」 「いまさらかよ。嫌いになった?」 「……すき、だから困る」  ばっちり目が合った次の瞬間、弾雨のようなキスが降り注いできた。喉の奥から漏れる声を拾っては「かわいい」、スカートから伸びるふくらはぎを撫で上げては「もっと触りたい」と囁き、確実にわたしを仕留めにかかっている。  もう、ご飯の続きなんて考えられない。隆平の声が、唇が、指が、わたしの五感を支配していく。 こうやって、いままで縁のなかった、一生知ることのないと思っていた世界に誘われていくのかな。ずっと好きでたまらなかった、彼の手によって。
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