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──ね、隆平くん。つばきに言ってもいい?
──なにも、ねえよ。梁川のことはあまり知らないし。
嘘をつかれたのではないか、という疑惑からとっさに目を逸らした。なにもないわけがないじゃない、と口に出す勇気は、あの夜のわたしにはなかった。
散々絡み合ったあとの、お互いの匂いが混じり合ったベッドの上で、ふたりの会話を聞いてしまったことを言い出せなかった。少なくとも、なにもないというのは嘘だ。なにかなければ、茉以子に怖い顔を向ける必要などない。
「ちょっと坂登って、お土産買いに赤レンガ倉庫に行ったくらいかな」
「隆平くん、口では文句言いながら、久保くんにもしっかりお土産買ってきてたよね。ああいうところが憎めないっていうか、なんだかんだ好かれるんだろうなぁ」
ね、とわたしに同意を求めながら最後のサンドイッチに齧りつき、ランチボックスの蓋を閉める。茉以子に言われなくたって、そんなの、ずっと前から知ってる。
あっという間に黒い気持ちが育っていく。こういう、どろどろした自分が大嫌い。言いたいことも言えず、不都合なことから目を逸らしている。はっきりと訊いてしまえばいいのに、逃げてばかりいる。夢に乗っかったまま、いつまでも帰ってこられない。
わたしは弱い。夢みたいな言葉や行為に甘く溺れて、その沼から抜け出したいとも思っていない。この一週間、感情の振れ幅の高低差で酸欠になってしまいそうだった。
「急に3日も不在にしちゃったからね。向井くんも間中ちゃんも大変だったみたいだし」
結局、彼を信じきれていないのだ。好きだという言葉や砂糖みたいな笑顔、わたしにくれるもの全部、いつかは消えてしまうのではないか。怖くなっては、まっすぐに気持ちを伝えてくれた姿を思い出す。嘘かもしれない、嘘なわけがない。無限ループだ。
「そうそう。向井くん、かなりテンパってたよ。佐野さんからの電話、わたしが取り次いだんだよね」
先に食事を終えた茉以子が、湯気を立てる紙コップを片手に戻ってきた。社食には、水とほうじ茶、コーヒーのサーバーが置いてあるが、中身はおそらくコーヒーだろう。
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