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「つばき、やっぱり、隆平くんと」
大きな目を見開いて、「そっか」と茉以子が寂しそうに笑った。
なんてつまらない意地だろう。わたしが隆平の彼女なの、ってマウントを取ったつもり?
「先週、茉以子と隆平、コピー室で話してたでしょ。たまたま聞こえちゃったの。ごめんね」
すっかり冷めたコーヒーは、やっぱりほんのりと焦げくさい。ひたひたと忍び寄る自己嫌悪に耐えきれず、それを一気に飲み干して「外勤なの、行かなきゃ」と立ち上がった。
「つばき、待って。あれは」
「茉以子も、隆平のことが好き?それとも、付き合ってたことがある?……それ以外の関係?もしそうなら、わたしなんかじゃ勝てないな」
想像すると反吐が出る。いつまで経っても隆平とできないわたし。夢みたいだった一週間。
「……なに、言ってるの?」
「隆平もね、茉以子とのこと、隠してた。訊いても教えてくれなかった。なにもない、って」
「それは本当なの。その──なにも、の定義が曖昧だから難しいけど、一般的に言う“なにか”は、ほんとに」
「わたしが傷つくと思って遠慮してくれたのかな。そんなの、居心地悪いだけなのにね」
仕事のことだって、わたしができない部下だから教えてくれなかったんだよね。隆平って、ほんとはわたしのこと、どう思ってるんだろ。もしかして、またからかわれてるのかな。
いちいち喉に詰まるくせに、嫌な言葉が内側から溢れてくる。吐き出しても吐き出しても、新しいモヤモヤが心の中に溜まっていく。
マイナスなことは口に出さない主義、のはずだった。誰にも嫌われたくない。みんなとうまくやりたい。自分の弱い部分を、醜い部分を知られたくない。嫌なことは全部、自分で消化すればいい。
「そんなこと、絶対にない。隆平くんは、本気でもないのに誰かと付き合ったりしない」
「隆平のこと、よく知ってるんだね。わたしはそこまで断言できない。付き合いも、茉以子に比べたら浅いし」
「違うってば。ちゃんと話すから。それに、隆平くんのことだけじゃなくって」
「今度でいいかな。外勤、行かなきゃ」
振り向きもせずに社食をあとにした。置き去りにされた茉以子の気持ちを思うと胸がひどく痛んで、瞼がどんよりと重くなった。
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