#9 うだる暮れに嘘を知る

13/23
前へ
/280ページ
次へ
 こんなに悲しくて苦しいのは、ふたりのことが好きだから。だけど、「好き」以外の感情の整理が追いついていないから。  人間、誰にだって秘密はあるし嘘もつく。みんな、ごく小さな嘘をつき続けて生きている。わたしだって、そうだ。  本当は、どこかでちゃんと分かってる。隆平の「好きだ」が嘘ではないこと。茉以子がわたしを心から慕ってくれていること。──分かっているから、苦しい。 「……話、聞かないでぶっちぎるって……最悪。営業職どころか社会人失格」  訪問を終えて車に戻ると、ちょうど15時になったところだった。車内の蒸し暑さに耐えられずすぐにエンジンをかけ、吹き込んできたエアコンの風にほっと救われる。  私用スマホをチェックし、ハンドルに突っ伏してため息をついた。 着信、メッセージともに0件。戻ったときに彼の姿が見えなかったので、会ってしまう前にと慌てて事務所を出てきた。 昼休みのメッセージにはまだ返信をしていない。わたしからの返信がないことを、彼は少しでも気にしてくれているだろうか。  一際大きなため息を吐き出して上半身を起こしたとき、右ポケットが小さく震えた。社用携帯だ。ひと匙の落胆をおぼえながら携帯を取り出し、電話の主を確認する。──え? 「はい……高瀬です」 「ああ、つばきちゃん。突然ごめんね。佐野です」  電話口から流れてきたのは、相変わらずの穏やかな声だった。ピックアップ記事や求人広告の打ち合わせはメールで行っていたので、直接話すのはあの日──佐野さんの車で視察に行った日以来だ。 「東さんが出なかったので、つばきちゃんに。ちょっと急ぎでお願いしたいことがあって」 「そうでしたか。どのような件でしょう」  バッグからタブレットを取り出す。SANOの案件についてはひと段落しており、現在依頼を受けているものはないはずだ。一番のメインとも言えるピックアップ記事も、無事に──そうではなかったことを、つい数時間前に知ったのだけど──掲載されたわけだし。 「できれば直接話したいんだけど、いまは外勤中?よかったら、僕のほうから出向くけど」  佐野さんは当然、どこにミスがあったのか知っているはずだ。 ピックアップ記事を書いたのはわたし。佐野さんにも隆平にも幾度となく確認を重ねたつもりではいたが、ミスをしたのは事実。わたしは、その中身を知る必要と権利がある。
/280ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12614人が本棚に入れています
本棚に追加