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こんなに悲しくて苦しいのは、ふたりのことが好きだから。だけど、「好き」以外の感情の整理が追いついていないから。
人間、誰にだって秘密はあるし嘘もつく。みんな、ごく小さな嘘をつき続けて生きている。わたしだって、そうだ。
本当は、どこかでちゃんと分かってる。隆平の「好きだ」が嘘ではないこと。茉以子がわたしを心から慕ってくれていること。──分かっているから、苦しい。
「……話、聞かないでぶっちぎるって……最悪。営業職どころか社会人失格」
訪問を終えて車に戻ると、ちょうど15時になったところだった。車内の蒸し暑さに耐えられずすぐにエンジンをかけ、吹き込んできたエアコンの風にほっと救われる。
私用スマホをチェックし、ハンドルに突っ伏してため息をついた。
着信、メッセージともに0件。戻ったときに彼の姿が見えなかったので、会ってしまう前にと慌てて事務所を出てきた。
昼休みのメッセージにはまだ返信をしていない。わたしからの返信がないことを、彼は少しでも気にしてくれているだろうか。
一際大きなため息を吐き出して上半身を起こしたとき、右ポケットが小さく震えた。社用携帯だ。ひと匙の落胆をおぼえながら携帯を取り出し、電話の主を確認する。──え?
「はい……高瀬です」
「ああ、つばきちゃん。突然ごめんね。佐野です」
電話口から流れてきたのは、相変わらずの穏やかな声だった。ピックアップ記事や求人広告の打ち合わせはメールで行っていたので、直接話すのはあの日──佐野さんの車で視察に行った日以来だ。
「東さんが出なかったので、つばきちゃんに。ちょっと急ぎでお願いしたいことがあって」
「そうでしたか。どのような件でしょう」
バッグからタブレットを取り出す。SANOの案件についてはひと段落しており、現在依頼を受けているものはないはずだ。一番のメインとも言えるピックアップ記事も、無事に──そうではなかったことを、つい数時間前に知ったのだけど──掲載されたわけだし。
「できれば直接話したいんだけど、いまは外勤中?よかったら、僕のほうから出向くけど」
佐野さんは当然、どこにミスがあったのか知っているはずだ。
ピックアップ記事を書いたのはわたし。佐野さんにも隆平にも幾度となく確認を重ねたつもりではいたが、ミスをしたのは事実。わたしは、その中身を知る必要と権利がある。
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