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「さっそくですが、どのような」
「待って、その前に。ピックアップ記事、どこがミスってたか聞きたくない?」
ミスる、という言葉遣いに違和感を覚え、思わず黙ってしまった。ホットコーヒーとアイスコーヒー、お待たせいたしました。元は同じなのに対照的な飲みものが、仲良く並んで置かれる。
「おっさんが若者言葉を使うのって、やっぱりイタいね。やめておこう」
「それも、若者言葉かも……しれません」
ほぼ無意識の指摘に目を細め、コーヒーカップに口をつける。佐野さんの口から語られたのは、確かに思いもよらぬミスだった。
*
「……こういうわけなので、僕がすべて悪いんです。改めて、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
佐野さんはよく整った涼しげな顔を少しも歪めず、わたしに深々と頭を下げた。地方を代表する企業の人事部長に頭を下げさせるなど何事だと、自分の中に棲む自分がのたうち回る。
「あの、やめてください。気づかなかったわたしが一番悪いんですから」
「いえ、僕のミスです。僕の……つまらない反抗心が具体化したというか、邪魔をしたというか」
はあ、と間抜けな声が出てしまい、ごまかすようにアイスコーヒーを吸い上げた。この話を広げるべきか畳むべきか考えあぐねていると、「僕ね、この買収のことはよく覚えてるんですよ」と佐野さんが続ける。
「ちょっと思い入れというか、こう、思うところがあってね。つばきちゃんが書いてくれた記事を読んでいたら、久しぶりに思い出して」
「そう、なんですか。だけどこのころって、佐野さんはまだ」
「大学生でした。会社を大きくしようと父が一番必死になっていた時期だから、顔を合わせた記憶がないな。まあ、東京の大学に行っていたしね」
「確かに、御社はこのころから急成長していますよね。目を瞠るものがあります」
「そんなわけで、思い切り私情を挟んでミスったんです。東さんのこと、言えないね」
なぜここで隆平の名前が出てくるのだ。わたしの心を読んだかのように佐野さんが微笑む。本当になにも知らないんだな、とでも言いたげな顔で。
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