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「まずは確認させてください。つばきちゃんは、俺と結婚」
「しません」
「だよね」
相変わらずの即答、気持ちいいなあ。突然吹っかけてもその速さってどういうことなの?「だって、しないですし」と返すと心底面白そうに笑われ、「いいよ、念押ししなくて」と言われてしまう。
すっかり忘れかけていた。わたしと佐野さんが出会ったのが婚活パーティーという場だったことを。妙なことにマッチングしてしまったうえ、結婚したいとか理想だとか言われたこともあった。しかも、なぜか強引にキスまで──。
「大丈夫。キスじゃ妊娠しませんから」
アイスコーヒーを吹き出すところだった。溶けた氷と混じり合ってすっかり薄まったそれをむせてしまい、涙目で「に、にんしん、って」と情けない声を絞り出す羽目になってしまう。
「いや、つばきちゃんならそこまで深刻に考えてそうで」
「バカに、しないでください。もう、アラサー、ですよ」
「反応の初々しさは中学生レベルだけどね」
それにしても、あれは確かに可愛かった。やっぱり東さんは幸せ者だな。──まただ。また、勝手に微笑んで納得している。
「つばきちゃんにお願いしたい件なんですが、厳密に言うと仕事ではないんですよね」
「……はあ」
「しかも、金曜日の時間外。仕事ではないので、つばきちゃんは時間外勤務申請ができません。タダ働きになるので、完全につばきちゃんの良心に任せることに」
「あの、いったい、なにを」
思わず口を挟むと、佐野さんの唇がほんのりと歪んだ。くだらないパーティーがあるんです。低く穏やかな声が、盛夏の日差しが照りつける優雅なカフェテリアに響く。
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