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「パーティー、ですか。……まさか、それに」
「僕の隣で適当に笑っている、という仕事をお願いしたいんです。お給料の代わりに、そこそこ豪華なビュッフェで勘弁してもらえたら」
いわゆる、上流階級のパーティーというやつだろうか。ドラマやマンガの中でしか見たことがないからうまく想像できない。自分には、いままでもこれからも縁のない世界だ。
そもそも、そういうパーティーに同伴する女性は恋人か婚約者と決まっているんじゃないの?いったいなんのパーティーかは知らないけれど──。
「無理です、できません」
きっぱりと答えると、佐野さんがふっと息を吐いた。コーヒーカップを持ち上げてひと口啜り、「だよね。知ってる」と笑い混じりに漏らす。
「それならどうして」
「こうでもしないといけないくらい、とても困っているからです」
佐野さんは、本心を隠したいときに口調を軽くするのが癖なのだろうか。無意識でやっているのであれば、普段からどれだけ本心をひた隠しにして生活しているのだろう。どこか、心を安らげることのできる場所はあるのだろうか。
わたしの余計なお世話などいざ知らず、佐野さんは「うん」と思考を巡らせるように顎に手を当て、右の口端を微かに吊り上げた。もう一度短く唸り、なんとも微妙な顔をしているであろうわたしをまっすぐに見据える。
「東さんにぶん殴られることを覚悟して、ダメ元でお願いします。つばきちゃん。この一回だけでいいから、俺の彼女のふりをしてくれない?」
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