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#10 午前二時の夜雨
ドア、ちょっと空いてたよ。可愛らしい声が遠慮がちに笑った。
昼休み、わたしの作っただし巻き卵を「美味しい」と笑って食べていた彼女とはまったく違う人に見えた。伏せた長い睫毛から、いまにも涙が零れ落ちそうな。
「お取り込み中にごめんね。定時になったから、つばきのこと、借りてもいいかな」
「ま、いこ……」
「絶対に今日話したいの。つばきが嫌だって言っても、うちまで引きずっていくから」
意思を固めたような目で見つめられ、後ずさりしたい気持ちになる。この期に及んで、また逃げようとしているのか、わたしは。
「つばき、今日は残業禁止。隆平くんとラブラブするのも禁止。早く帰ろ」
強い西日に、瞼のきらきらが反射した。
この綺麗な二重瞼を、ずっと羨ましいと思っていた。声も、スタイルも、彼女が持っているもの全部。だって、茉以子になりたいと思ったのは、一度や二度ではない。
いつも隣にいたから、すべてが見えている気でいた。彼女が「持っている」理由を考えようとしたこともなかった。劣等感ばかりに取りつかれて、それを知ろうともしていなかった。
たぶん、知るのが怖かったのだ。外側だけでなく内側まで綺麗なものを持っていたならば、とても太刀打ちできない。勝手に敵視して突き放していたのは、わたしだ。
茉以子は、こんなわたしに正面から向かってくれようとしている。一直線にわたしを見つめてぶれない姿がそれを物語っている。こんな彼女に、まだ言い訳じみたことばかりを並べ立てるつもり?
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