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「さっき、言い過ぎてごめん。電話するね」
ほぼ解けていた手をそっと除け、わたしのほうから握り直した。「明日までの報告書、朝早く来てやるから」──顔を上げるのが怖い。あんなにひどいことを言ってしまったから、もう、彼女の座は守れないかもしれない。
「……何時?」
隆平が重たげに口を開く。「え?」「電話、何時になりそう?待ってる」「え、っと……」「つばきは今日うちに泊まるから、深夜になるかも」「そうなの?」「そうなの。いま決めた」──ばらばらの位置で交わされるのは、絶妙に噛み合わない会話。隆平が手を握り返してくれる。俺はいいから、梁川のところに行けよ。突き放したように言われ、はっと顔を上げた。
「今日のところは譲ってやる。その代わり、明日からしばらく空けとけよ。もちろん金曜日もな」
「そ、そんなに?」
「おまえは俺の彼女だろ。それ、分からせてやんないといけないし」
話、まだ途中だし。繋がれた手に力が入る。目が合って逸らせずにいると、「ラブラブするのは禁止って言ったでしょ」と鋭い声が飛んでくる。してないでしょ、という声をかき消すように「しょうがねえだろ、ラブラブしたいんだから」と隆平が開き直る。
背中を優しく押されて踏み出すと、一歩分、茉以子が近くなった。
今日も完璧に可愛い彼女が、ぶれることなくわたしの方を向いている。いままで敬遠していたはずのその笑顔は、思っていたよりもずっと親しみやすいもののように──確かに、見えた。
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