#10 午前二時の夜雨

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 茉以子の住むマンションが北12条駅の近くにあるのは知っていたが、訪れたことはなかった。  白い外壁のこじんまりとしたデザイナーズマンションで、彼女の部屋は3階。ぬくもりのあるナチュラルテイストな内装で、白を基調としたキッチンはコンパクトだけど使い勝手が良さそうだし、リビングの真ん中に置かれた小さなちゃぶ台や手書きのような文字盤が並ぶ可愛らしい壁時計など、随所に彼女のセンスの良さが窺えた。  ──だけど、思ったよりシンプル、かも。  茉以子のファッションやメイクから察するに、もっと女の子らしい──悪く言えばごてごて(・・・・)したようなインテリアを想像していた。大柄の花がデザインされたファブリックボードや木目調のテレビボード──「北欧風」とは、とても意外だ。 「あ、キスマーク。隆平くん、やるぅ」  買ったものを袋から出そうと屈んだとき、すかさずそんな声が飛んできた。とっさにうなじに手をやると、「ついにしちゃったんだぁ。詳しく聞かせてよ」と冷えた缶ビールを手渡される。 「えっと、これは、その」 「やだ、顔真っ赤。ずるいなぁ。アラサーでその可愛い反応は」  とりあえず乾杯しよ、と促されるままにプルタブを開けた。こじんまりとあたたかな雰囲気の室内に小気味いい音が響く。カーテンを揺らすぬるい夜風が、頬に心地いい。 「ほんとはずっと、こうやってつばきと飲んでみたいって思ってた」  定番のサッポロ・クラシックだ。彼女の飲みっぷりは職場の飲み会とはまったく違う。綺麗なフレンチネイルが枝豆を摘み、次に激辛ポテチを摘む。ミスマッチにも程がある。 「うちで飲もうよ、って誘いたかった。つばきの家に行っていい?って訊こうとして、いつも飲み込んでた。本当は、わたしのことが嫌いなんじゃないかな、可哀想なわたしに付き合ってくれてるだけなんじゃないかな、って思ってた」 「そんな……思ったことない。嫌いだなんて」 「だから隆平くんのことも相談してくれないのかな、頼りないんだろうな、言いたくないんだろうな、って」  わたしね、隆平くんのこと、好きだったの。ぽつりと溶けた声は乾いていた。胸が一度だけ大きな音を立てて気づく。──過去形、なんだ。
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