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「どうしても、おまえのことを大切にしたい。おまえといる時間を大切にしたい。俺、つばきといるのが好きなんだ」
暗い空に向けた手のひらを、ぬるい細雨が濡らしていく。コンクリートと、緑が湿る匂いがする。午前二時、街の明かりは外灯とコンビニと、近くのマンションにぽつりぽつり。
「……函館の夜、彼女から同僚に戻ったおまえを見て、すっげえ寂しかった。朝になったら全部夢なんじゃないかって」
「そんな、の……絶対、ない。ていうかそれ、わたしのセリフ。隆平と付き合うことになったなんて、未だに信じられな」
「信じさせる、これから」
ネガティブな言葉を上書きされ、うん、と頷く声が夜に溶けた。卑屈ではいけない。わたしなんか、は禁止。彼は、わたしが持っているわたしだけのものを好きになってくれたのだと信じたい。
「ミスの件、おまえに話せば早く終わることは分かってた。それを蹴りたくなるくらいの嫉妬と独占欲だなんて、みっともないよな」
佐野さんの言葉が蘇る。「要するに、嫌で仕方なかったんだろうね。俺をつばきちゃんに近づけるのが」。
わたしの知っている隆平は、チームリーダーになってからの隆平は──少なくとも、公私混同はしない。仕事として割り切ることができなかったほど、わたしを佐野さんに近づけたくなかったの?
「おまえのこと、誰にも触らせたくないのは当たり前なんだけど……最近、見られるのすら嫌になってきた」
「なに言ってるの。わたしのことなんて誰も見てないって」
あ、罰金。口に出してしまってから振り返ると、茉以子は変わらずカーペットの上ですやすや眠っていた。ブランケットの隙間からちょこんとはみ出た小さな顔の、なんと愛らしいことか。
「高瀬、綺麗になったよな、って何回言われたと思う?今日なんて、向井にまで言われて殴ってやろうかと」
「どうせ冗談でしょ。部下殴るのはやめて」
「いや、あれは絶対マジだった。目がいやらしかった」
早く俺のものにしたい、と熱を抑えた声で言われて、彼に触れられたことのあるいろんな場所が疼いた。早く隆平のものになりたい。無意識にそう零して、なんて発言をしているんだと恥ずかしくなる。
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