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──Side 隆平
腹立つなあ、とうっかり零し、慌てて口に手のひらを当てた。いくら嫌味くさいぼっち野郎とはいえ、クライアントだぞ。SANOの御曹司で人事部長だぞ。俺ごときがこんな口を利いていい身分の人では──。
「東さんの一番魅力的なところは、クソ生意気で憎めないところですね」
穏やかな声だった。夜分遅くにありがとうございました、と電話が切れ、10畳ほどの狭いリビングが一気に静かになる。
「……んだよ、意外と寂しがりやなんじゃねえの」
どうせ明日も鬼のように仕事するんだろうから、気取った酒飲んでないで、さっさと寝たほうがいいですよ。心の中でそうぶつけてやった。目には目を、嫌味には嫌味だ。
「不満、って声じゃ、なかったよなあ」
むしろ望んでいた──わけは、ないか。こうなったのはたまたまだ。俺の可愛い彼女があの男の見立てたドレスを着せられ、意味もなく隣に立たされていたかもしれないと思うとゾッとする。佐野さんの冗談は冗談に聞こえないのだ。
長い一日だった。脱力感でこのまま眠ってしまわないように、空き缶を手にのそのそと立ち上がる。
呪文のようなブランドの部屋着を身につけた彼女の姿を想像し、戦闘態勢に入りかけた。こんなド深夜にひとりきりで、虚しいにも程がある。
「早く、会いてえなあ」
恋人としての、つばきに。来たる土日のプランを考えておかねばならない。俺にとっても彼女にとっても、忘れられない一日になるはずだ。
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