#11 宵を待たぬ微熱

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#11 宵を待たぬ微熱

「……やっぱ、わたしには荷が重すぎ、かも」  全身鏡の前でくるっと回り、深く息を吐いた。またそんなこと言う!罰金!と、ここにはいない茉以子が叫ぶ。隆平が迎えに来るまであと15分。そわそわして、とても落ち着けそうにない。  デコルテと背中周りが大きく開いたラベンダー色のスクエアトップスは、二の腕がくしゅっとした袖コンデザインが可愛い。合わせたのは膝下丈の白いチュールスカート。こんなに女性らしく可愛らしい服を選んだのは人生で初めてで、やっぱりそわそわが治まらない。  初デートの服、一緒に買いに行こっか。茉以子の家にお泊まりした次の日の昼休み、なにを着ていこうと途方に暮れるわたしに彼女がそう提案してくれた。溜まった仕事は見ないふりをして何件もショップをはしごし、最終的に選んだのがこのコーディネートだ。  こうして見ると、自分が自分じゃないみたい。薄く貧相な上半身がうまくカバーされているうえ、思ったよりも違和感がない。さすが茉以子。  耳には、函館出張のときに買ってもらったローズクォーツのピアス。細ストラップのミュールと黒レザーの小さなショルダーバッグも、合わせて新調したものだ。  メイクは、茉以子曰く「儚げキュートなピンクラベンダーメイク」らしい。この歳で儚げキュートとはさすがに横暴では、と渋りたくなったが、張り切る彼女を前に水を差せなかった。  絶対色っぽいから、と勧められた「素肌感が出るリキッドファンデ」と「ほぼ塗ってないほんのりチーク」、そして「透け感のあるリップ」がポイント、だとか。  スマホが短く震えた。「ついた」とたった三文字、隆平からのメッセージだ。  最初は映画を観る予定だから、駅ビルに向かうはず。それから遅めのランチをして、ブラブラして、軽く夕飯を食べて、たぶん、隆平の家に──。 「いま行くね」  素早く返信し、パタパタと玄関に向かう。お泊まりセットを詰め込んだトートバッグはずっしりと重く、「ほんとに一泊分かよ」と顔を顰められてしまいそうだ。  ドアを開ける前にもう一度深呼吸をして、胸の辺りをそっと撫でる。 もう、なにに対してドキドキしているのかも分からない。早鐘を打ち続けている心臓が、デートの最中に止まってしまいませんように。
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