#11 宵を待たぬ微熱

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──Side 隆平 「俺んち、こういうの全然ないし……今度、一緒に作りてえなあって」 「隆平と、一緒に?」 「足手まとい間違いなしだけどな。いつも作らせてばかりで悪いとは思ってんだよ」  ステンレス製のカゴを取り、「欲しいの入れろよ」と彼女の前に突き出した。あまりに殺風景な自宅のキッチンを思い出し、あそこにつばきが立つとどんな感じなのだろうと想像する。  エプロン姿の彼女が忙しなく動き回る中、俺は役に立たずすごすご(・・・・)とリビングに退散する。部屋中があっという間に食欲をそそる匂いで満たされ、新品のようなキッチンに調味料や器具が増えていく。いままでモノクロだった景色が一気に色づいて動き出す、そんな画が思い浮かんだ。 「あと、食器もあんまりないから買っとく。おまえが選んで」 「えっ、わたしが選ぶの?」 「俺とおまえが使うもんだから」  品のいいアイシャドウで彩られた目が微かに見開かれた。一緒に住むわけでもないのに荷が重いだろうか。後悔しかけたが、噛み締めるように「うん、わかった」と微笑んでくれたので胸を撫で下ろす。 「でも、せっかくだから一緒に選びたいな。ふたりで使うものなら、ふたりで選んだほうが楽しいよ」  ね?と首を傾げて見上げられ、愛しさと庇護欲が湧き上がった。 つばきのこういうところが好きだな、と癖のように思う。つばき自身はもちろんだが、つばきと過ごす時間も、つばきと一緒にいる自分も好きなのだ。 「俺、全然センスないけど」 「わたしだってないよ。ふたりが気に入ったものなら、それでいいじゃない」  まるで知らない女のような姿で現れたくせに、中身は間違いなくいつものつばきだ。当たり前のことにほっとし、また想像する。  彼女とふたりで作った飯を、ふたりで食べる。目まぐるしい日常の合間に溶け込む、愛おしく特別な風景だ。 時間を重ねればそれも日常になるのかもしれないが、それでもいいと思った。とびきりの特別も、そうではないことも、これからはつばきと積み重ねていきたい。
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