#11 宵を待たぬ微熱

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「いや……その、19時に」  一瞬、手を握る力が強くなり、すぐに弱くなった。それを何度か繰り返されて思わず見上げると、なんとも微妙な──例えるなら、苦手なものを誤って口に入れてしまったときのような表情で、わたしの顔と腕時計を行ったり来たりしている。 「隆平?」 「……店を、勝手に予約したんだけど」  なんか、イタリアン、的な?おまえは和食が好きだから迷ったんだけど、こう、横文字のほうがデートっぽいような気がして。  言い訳のように並べ立てる姿に胸がきゅんと高鳴った。あまりにも髪をわしゃわしゃと掻き乱しているから、せっかくの()()()()()()ヘアスタイルが崩れてしまわないかと心配になる。 「わざわざ……考えて、くれたの?」 「当たり前だろ。土曜だからどこも混んでるし、せっかくの、まともな初デート、だし」  行くぞ、と強く手を引かれてミュールのつま先がつんのめる。広い背中に片手をついてしまい、彼が「悪い」と慌てたように振り向いた。  ──そんなに恥ずかしがること、なのかな。  彼女のためにレストランを予約することに慣れていない、って解釈したら怒られちゃう?だけど、もしそうなら嬉しいな。ドキドキしているのは、緊張しているのはわたしだけじゃない、って思えるから。 「おしゃれなご飯って、あんまり食べたことないな」  胸の中に温かいものが広がって、彼の腕にぎゅっとしがみついた。「おしゃれかどうかは知らねえけど」「イタリアンだもん、絶対おしゃれだよ。嬉しい。ありがとう」──お酒も入っていないのに、不思議と素直な言葉が出てきた。隆平の前では、一番可愛い自分でいたい。
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