#11 宵を待たぬ微熱

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「今度、飲みにでも誘ってみたら?ほら、前に連れて行ってくれた焼き鳥屋さんとか」 「あんなきったねえとこ、嫌がるに決まってんだろ。御曹司さまだぞ」 「すごく美味しかったし、意外と喜んでくれるかも」 「どうせ、飲む店も大学生なんですね、安酒で満足できて羨ましいですよ、とか言われるに決まってる」 「あ、その真似、ちょっと似てる」  顔は全然似てないのにね、と付け加えるとみるみる表情が曇っていく。まずったかなと焦ったところで、「どうせ俺は渋みも色気もねえし、塩顔イケメンでもねえよ」と不貞腐れたようにワイングラスに手を掛けた。 「それ、佐野さんのこと褒めてるよね?」 「褒めてない。ていうか、ちょっと思ったんだけど──佐野さんと梁川って、知り合い?」  ルッコラの苦味とチーズの酸味が、肉料理の油が残る口内を浄化していく。同じ赤ワインなのに、合わせる料理で味わいがまったく違う。  今夜の隆平は、いつになくお酒を楽しんでいる。頻繁にグラスを持ち上げる彼の姿にどことなく違和感があるのだけど──どうして、だっけ。 「よく分かんない。そう言われてみれば、そうなのかも」  茉以子の家に泊まった夜、少しだけ佐野さんの話をした。普段同様大きな目をぱちくりさせて話していたが、どこか齟齬があるというか、ピースがいくつか欠けているような感覚があった。  佐野貴介さん、とフルネームをはっきり呼んでいたこと。「気づいてなかったかも」と自嘲気味に漏らしたこと。あのときは酔いのせいで深掘りできなかったが、ふたりが知り合いだというのなら説明はつく。  しかし、元々嵌まっていたピースとうまく合わないのだ。それなら、なぜわたしに言ってくれなかったのだろう。なぜわたしと佐野さんの仲を応援するような素振りを見せたのだろう。 「佐野さん、梁川の名前を出した途端に声色が変わった気がするんだよな。ムキになってたっていうか。そのくせ、不満そうでもなかったし」  隆平のグラスが空になった。あと一杯くらい飲むか、と機嫌良くワインのメニュー表を開く姿を見てハッとした。違和感の正体が判明したのだ。 「ねえ、すごく今更なんだけど……お酒飲んで大丈夫なの?帰り、どうするの?」  ずらりと並ぶ片仮名をなぞる指がぴたりと止まる。タイミングよくやって来た店員に甘めの白ワインをふたつオーダーし、彼が静かにメニュー表を閉じた。 「……今日は、家には帰んないから」
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