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「え?」
「部屋、予約してる」
レストラン出たらフロントに寄って、そのまま部屋に上がるから。後に続いた言葉ですっかり酔いが醒めた。まだ話の途中だったはずなのに、それすら吹っ飛んでしまう。
どういうこと、とぐるぐる考えているうちに白ワインが運ばれてきた。残るはドルチェのみだ。ティラミスだろうか、ジェラートだろうか。果たしてそれを、味わう余裕はあるのだろうか。
「おまえの荷物はもう預けてある。まあ、なんでも揃ってるだろうけど」
「え、と……ごめん。予想外すぎてついていけない。それって」
「大切な、夜だろ。おまえにとっても、俺にとっても」
こういうの慣れてないんだよ、察してくれよ。小さな声が、空になった取り皿に落ちる。
心臓が早鐘を打ち始め、心地よいと感じていた喧騒が耳をざわつかせる。流れるような会話が途切れたせいか、妙な沈黙がテーブルを包む。
「おまえの大切なものをもらうんだ。適当な場所で適当に済ませたくない。ちゃんと、大切にしたい」
くっきり二重瞼の瞳が、わたしを射抜くように見つめている。逸らせない。まるで、身体を型に嵌められてしまったように。
「今日こそ、つばきを俺のものにする。俺でよかったって思ってもらえるように、その……」
色のついた感情がないまぜになって湧き上がってきて、無意識のうちに両手をぎゅっと丸めていた。せっかくのスカートが皺になってしまう。隆平に見てほしくて、可愛いって思ってほしくて選んだのに。
「気持ちよくするから……いや違う。満足させるから?……何様だよ」
ぶつぶつ呟きながら髪を掻き乱し、苛立ちのため息を何度もつく。無造作っぽいヘアスタイルは、もはやただの無造作ヘアだ。
気絶するくらいときめいたと思ったら、これだ。可笑しい気持ちが込み上げてきて我慢できない。わたしの恋人になってくれた人は、なんて素敵なんだろう。
「隆平となら、気持ちいいし満足だし、すごく幸せだよ」
口に出してから己の大胆さに気づき、慌てて「たぶん」と付け足した。
彼はというと、お饅頭を丸飲みしてしまったような顔でわたしを見つめ、一際大きなため息を吐く。そして、諦めたようにこう漏らした。
「おまえの無自覚なクソあざとさには、一生勝てる気がしない」
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