#11 宵を待たぬ微熱

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 31階などという高層階に降り立ったのは、おそらく人生で初めてだ。  というか、そこまでの高層ビルやホテルに入ったことがない。10階ほどがせいぜいで、31階からの景色など想像もつかない。だから、エレベーターを降りたときにも一切の実感が湧かなかった。  部屋に足を踏み入れた瞬間に飛び込んできたのは、大きな窓の向こうに広がるパノラマのような夜景。 角を挟んで二面に渡る窓は、部屋の中心に鎮座するキングサイズのベッドに面している。壁全体がガラス張りになっているかのような眺望に圧倒され、思わず感嘆の声が漏れた。 「わ……夜景、すごい……、ひゃっ」  ドアが閉まる音がしたのと、背後から抱きすくめられたのはほぼ同時だった。うなじに柔らかいものを押し付けられ、「つばき」と熱のこもった声で囁かれる。 「一日中我慢してた。ここから先のおまえは、俺が全部独り占めする」  食まれて、吸い付かれる。それが彼の唇の仕業だと気づいたところでどうすることもできない。逞しい腕にしっかりと支えられ、身じろぎひとつ許されない状況だ。 「隆平、あの……あっ、待っ」 「待たない。おまえのこと、抱きたくてたまんない」  腕が解けた次の瞬間にふわりと抱き上げられ、部屋の中心まで運ばれる。札幌の夜景が、迫るように近づいてくる。 「肌、こんなに出しやがって。他の男が見てんじゃないかって気が気じゃなかった」  ベッドに優しく下ろされ、丁寧な手つきでミュールを脱がされる。どこまでも沈み込んでいきそうなふかふかのお布団と彼に挟まれて、この非日常空間を楽しむ余裕など1ミリもない。 「スマホ、電源落として」 「え?」 「まさか社用は持ってないよな。俺は置いてきた」  さすがに、デートに社用携帯を持ってくるほど社畜極めてませんけど──心の中でそう返しながら、肩に掛けたままのバッグからスマホを出した。電源を落とすとすぐに取り上げられ、ベッド脇のサイドボードの上へ。 「これで完璧にふたりきりだ。誰にも邪魔させない」  芳しいシトラスとキスの雨が降ってくる。 それはまるで、長い夜の始まりを告げる甘やかな鐘の音だ。今夜こそ──わたしは、彼のものになる。
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