#11 宵を待たぬ微熱

13/32
前へ
/280ページ
次へ
「隆平、大好き」  広い背中を掴まえて、噛み締めるようにぎゅっと目を瞑った。  29歳の夏の夜、奇跡が起ころうとしている。自分の人生に起こるはずのなかった幸せな奇跡だ。  誰かと交わる恋は甘いものじゃない。ずっとそう思って生きてきたし、確かにそうだった。いままでは。  隆平といる自分が好きだ。つまらない意地も頑なな強情もどこかに追いやって、ありのままの素直な自分でいたくなる。恐れ続けてきた、自分の中に潜む「可愛い」を咲かせたくなる。 「わたし、ずっと隆平が好きだった。でも、片想いのころとは比べものにならないくらい大好き」  好きな人に好きだと言ってもらえること。この先も一緒にいたいと思えること。誰かのために可愛くなりたいと思えること。  全部、奇跡だ。そんな人と出会えたことも、こうして抱き合えることも。恋とは、夢と紙一重の現実なのかもしれない。 「お砂糖みたいな顔も、子どもくさいところも甘えん坊なところも、口が悪いところも好き。隆平とこうしてると、ほんとに幸せなの」  奇跡を絶対に手離したくなくて、腕に力を込める。微かに目を開けば、光を散りばめた夜。夢かもしれないけど、夢でもいいかな。ふたりで夢と現実を行き来するのであれば、なにも怖くない。 「おまえって……もう、マジで勝てる気しねえ」  地の底まで響きそうなため息をつかれ、きつく抱きしめ返された。さっきから太腿に当たっている硬いものは相変わらずで、「おまえを求めてる」と言われているようでくすぐったい。 「なに避けてんだよ。これがおまえの中に挿入(はい)るんだけど」 「ひゃく……ごじゅう、ど?」 「いける?」 「わけないでしょ。バカ」  目を合わせて笑い合って、またキスを交わす。軽い口づけの合間に、「好き?」「うん、好き」と甘い問答を繰り返す。 「大切にする──って意味を、俺は何度も間違えるのかもしれない。だけど、そのたびに振り返って反省して、ずっとおまえの隣にいられるような自分でいたい」  慈しむような手つきで、髪や頬をさらさらと撫でられた。その丸い目が、「好きだ」と囁いている。
/280ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12618人が本棚に入れています
本棚に追加