#11 宵を待たぬ微熱

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「つばき、すげえかわいかった」 「……それは、どうも」 「もっかいやりたい。できれば一晩中」 「ひ、ひとばん……」 「冗談に決まってんだろ。さすがにそこまで鬼じゃねえよ」  性格は悪いけどな。本当に不貞腐れたように言うから、いまの状況を忘れて笑ってしまう。その声が響いて立ち昇る湯気に溶け、水蒸気と混じって浮かぶ。  ──どうして断り切れなかったんだ、わたし。  この状況、初心者にはハードルが高すぎます。花の香りが漂う乳白色のお湯に手のひらをくぐらせ、ため息をひとつ。わたしの身体を背後からがっちりとホールドし、「やべ、まだ全然勃ちそう」などと抜かしている彼をちらりと見て、もうひとつ。 「なんだよ、その不満そうな顔」 「一緒にお風呂とか普通に無理なの。あんな朦朧としてるときに言うなんて、ずるい」 「身体、きついだろ?俺が隅々まで洗ってやるって」 「絶対に嫌」  もう全部見ただろ、と甘えるように頬を擦り寄せたって、だめなものはだめなの。こんなに明るいところで、しかも正気の状態で裸を見られるなんて冗談じゃない。あんなふうに抱かれたのだって、まだ信じられないのに──。 「つばきは俺のものなんだから、大人しく言うとおりに」 「しない」 「上司命令」 「がっつり時間外だし、セクハラの域をとうに超えていると思います」 「合意の上だろ」 「……それはまあ、否定、しないけど」  どんなに消え入りそうな声も、バスルームという場所があっさり拾ってしまう。 大人ふたりで入ってちょうどいいくらいのバスタブに、広々とした洗い場。せっかく用意したスキンケアやボディケアグッズはトートバッグの中だけど、パウダールームにずらりと並ぶアメニティを見る限り心配はなさそうだ。 「つばき」 「そんな声出したって、だめ……」 「すげえかわいかったし、きもちかった。もう無理させねえから、朝までずっとおまえに触ってたい」  いい?と耳朶を甘噛みされて、声と湯面が小さく跳ねた。「かわいい声出しやがって」──首筋に唇を押し当てられ、不気味なくらい静まっていた手がさわさわと動き出す。甘え上手め。  三つめのため息が落ちた。完敗だ。身体のあちこちが軋んでいるというのに、従順に応えてしまう自分が恨めしい。
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