#11 宵を待たぬ微熱

23/32
前へ
/280ページ
次へ
 それにしても、見れば見るほど豪華な部屋だ。 ベッドの足元の方には、窓に向かって二人掛けのソファとローテーブルの応接セットが備えつけられている。見事な夜景を心ゆくまで眺めるための特等席のようで、使い方としては彼の提案が正しいように思えた。 「立てるか?」  バスローブ姿でのそのそと起き上がったわたしの隣に座り、そっと肩を抱いてくる。小さく頷くと、「じゃあ、もう少し俺に付き合ってくれる?」とねだるように顔を覗いてきた。甘え上手め。 「つばき、バスローブがぶかぶか」 「仕方ないでしょ。あとで着替えるからいいの」  せっかく用意してきたルームウェアを探す気力もなく、急場凌ぎで、パウダールームに置かれているものをそのまま着た。下着は辛うじて変えたけれど。  同じく新調したブラジャーとショーツのセットはお馴染みの水色だ。無意識に選んだが、やはりピンクよりもしっくり来る。いままでも、消去法ではなく、本当に好きで水色を選んでいたのかもしれない。 「俺の肩によしかかっていいから」  ブラウンのベロア調の生地のソファは適度に固く、酷使した身体に──主に腰から下に──心地よい。優しく髪を撫でられてお言葉に甘えると、ボトルを開けてグラスにワインを注いでくれた。  淡いピンク色のそれは、おそらくロゼワインだろう。こんなものまで用意していたのかと思うと、一度は静まった鼓動がまだ騒ぎ出す予感がした。 「その……ありがと、な」  ひとくち含むと、アルコールが全身に沁み渡る。今夜二度目の乾杯だが、先ほど乾杯をしたときの自分とはまるで別人だ。 「今日、すげえ楽しかった。こんなにちゃんとしたデートは初めてだから、うまくやれた自信はないけど」  ひと呼吸置いた(のち)、「おまえは、楽しかった?」と自信なさげに問われて、また鼓動が騒ぎ出す。  ──それ、作戦?それとも、素?  男の顔をした五分後には子どもに戻ったり、雄々しいかと思えば甘えん坊だったり。百面相のようにくるくる変わる姿をうまく掴めないのに、憎めなくて愛おしい。わたしが好きな東隆平という男は、とても不思議な人だ。
/280ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12621人が本棚に入れています
本棚に追加