#11 宵を待たぬ微熱

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 男性にすぐ色目を使うとか、見境がないとか、誰とでも寝るとか──嫉妬に駆られた女性たちのうわさ話はえげつない。  まあ、そう思いたい気持ちも、ほんのひとつまみくらいは理解できる。茉以子はそれくらい、強くて可愛くていい女だから。彼女たちは、できれば茉以子になってみたいと切望しているのではないだろうか。以前のわたしのように。  しかし、そんな噂はでたらめでしかない。彼女の内面をきちんと覗けば、すぐに分かることだ。 「そ、っか。いいんじゃない?合意の上なら」  茉以子が自身を可愛らしく飾っているのは、誰のためでもなく自分のため。三年間、ずっと近くにいるから断言できる。茉以子は、誰にでも身体を許す女じゃない。 「真面目なつばきからそんな言葉が出るなんて、明日、雪が降っちゃうかも」  まぁ、これだけ暑い日が続くと氷点下が恋しいよねぇ。オフホワイトの半袖トップスのフリルをひらひらさせて、彼女が屈託なく笑う。 「……茉以子はどうして、わたしと佐野さんの仲を応援してくれたの?」  ふたりは知り合いなの、と直球で訊いても答えてくれないような気がした。わたしなりの変化球のつもりだったが、「そういえば、つばきには隠しごとしたくない、って言ったよね。有言実行しないとなぁ」とあっさり諦めたように鳥精肉を頬張る。 「あの人は、わたしの憧れだったから」  答えのようで答えになっていない。ってことは、やっぱり旧知の仲なの?ううん、それより、なぜに過去形? 「憧れ、だった?」 「昔ね、会ったことがあるの。前の父親がSANOの社員だから、その関係で」 「前の、父親?」 「うちの親、高校生のときに離婚したんだよね。わたしはお母さんについて行ったの。そのうち、いまのお父さんと再婚して……前の父親とは、もう十年以上会ってない」  まったくの初耳だった。当たり障りのない会話を繰り返していたこの三年間、お互いの家族の話をしたことがあっただろうか。 少なくとも、茉以子から切り出されたことはない。いまさらながら、どんな環境で、どんな家族構成の中で彼女が育ったのかを一切知らないことに気づく。
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