#2 夏至のころは恋久しく

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「じゃ、俺はここから近いので」  またね、と頭を撫でられ、ドキッとする間もなく去っていく。この辺に住めるってことは、やっぱり高給取りなんだろうか。プロフィールカードの年収の欄、ちゃんと見ておけばよかった。 「……連絡、って言われても」  友だちに追加、をタップしたものの、どうするべきか。「今日はありがとうございました」とか?  繋がったところで、わたしはあの人を好きにならない。結局、垢のようにこびりついている想いはひとつだけ。たったひとりに虚しく向けているものだけ。 「なんで片想いってばれたかな。わたし、そんなに悲壮感漂ってる?」  あの人だって、わたしなんかを好きになどならないだろう。からかわれただけだ。本気、なわけがない。 自分で自分が嫌になる。この卑屈な性格も、コンプレックスだらけの身体も、地味な顔立ちも、ピンクが似合わないのも、可愛く笑えないのも、全部。  いつかは消化しないとな──なんて、その「いつか」はいつ来るの?わたしの人生に、奇跡は起きない。いくら想っていたって、好きになってはもらえない。  いったいなんのための今日だったのか。せめて佐野さんを選ばなければ──もっと自分に近い(・・・・・)男性を選んでいれば、「きっかけ」くらいにはなっただろうに。  ──水色が似合うって素敵だと思いますよ。  ──いま、可愛いな、と思ったの。  ──本気だよ。俺は、本気。  珍しく褒められたせい?他の人よりまともに話せたせい?誰かひとりを選ばないといけないと思ったら、手が勝手に3番と書いていた。一瞬もいい気にならなかったかと訊かれたら、嘘だ。  もう一度メッセージアプリを呼び出す。「佐野 貴介」──名前をタップすると、デフォルトのトーク画面へ飛んだ。 「今日は」まで打ってすぐに消し、駅には入らず大通方面に向けて歩き出す。東西線は、不便だ。
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