#3 あやめはなさく夜更けに

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──Side 隆平 「仲直りもなにも、普通だろ。チームが違うおまえになにがわかんだよ」 「わかるよ。外勤営業さんたちがしっかりやってくれないと俺らが困るからね、頼みますよ」  残業残業、と歌うように言いながら喫煙所を出て行く久保を見送り、タバコを灰皿に押し付けてため息をついた。そんなの、とっくに気づいている。  飲みに誘ったのが間違いだったのか、あいつへの発言が間違いだったのか。余計なことを言ってしまった自覚は、ある。俺は無神経なのだ。いまも、昔も。 「可愛げと色気って……俺なんかに言われたく、ねえよなあ」  同じ係になって三年、良き同僚としてやってきた。  高瀬はいつでも真剣だけど要領が悪いから、随分と遠回りしてゴールにたどり着くタイプだ。  もっとうまくやればいいのに。面倒ごとは回避すればいいのに。何度そう思っただろう。いつの間にか周りを巻き込み励まされるあいつを、歯痒く妬ましく思っていたことだってある。  だけど、上司になってみてわかった。まっすぐなあいつは、とにかくよく勉強しているし、クライアントからの信頼も厚い。  口先だけの知識でなく熱意で勝ち取ってきた契約は、数は多くなくても価値のあるものだ。「いま自分にできることはなにか」を模索して奔走している姿は、長年怠け者だった俺をこれでもかというくらいに刺激した。  同僚として、部下として、俺は高瀬の仕事ぶりに信頼を置いている。助けになりたい、伸ばしてやりたい、と強く思う。少し意地っ張りで負けず嫌いなところが玉に瑕だけど。  ──もらってよ。はじめて。  俺としたことが、あの潤んだ目にやられるところだった。高瀬は「違う」。あいつの大切なものをもらうのは、俺の役目じゃない。 「もっかい、誘ってみっか……」  セックスを教える、というのは難しくても、わだかまりは解いておきたい。俺はおまえに、簡単に触ってはいけない気がするのだ。
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