#3 あやめはなさく夜更けに

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「んー、確かにね。なにかすっごい問題アリな人だったりして」 「たとえば?」 「ギャンブル癖があるとか、二重人格とか、変わった性癖を持ってるとか」 「やだ、やめてよ」  清潔感溢れる佐野さんの見た目を思い出す。顔立ちもさることながら、立ち振る舞いも上品で洗練されていた。問題アリ、か──中身までは、数分やそこらでわかるはずがない。  空になったお弁当箱の蓋を閉め、温かいほうじ茶でひと息ついたときだった。テーブルに置いたスマホが短く震える。電話ではなくメッセージだ。  ロック画面に浮かび上がった名前を見て、無条件にドキッとしてしまう。どうせ仕事の話だろうとわかりきっているのに。 「……え?」  たった一行のメッセージを見て思わず声が出た。ランチバッグを手にきょとん顔(・・・・・)をする茉以子に、「ごめん、なんでもない」とはぐらかす。 「今晩、空いてるか?」  心臓が一瞬止まって、次いで激しくドキドキし始めた。食べたばかりのものが胃から飛び出そうだ。  ──飲みに行こう、って意味?……ううん、残業するぞって意味かも。そうだよ。東がわたしを飲みに誘う理由なんて、もう(・・)ないはずだ。 「空いてるよ。残業?みんなで残る?」  ちょうど二週間後に、大学3年生向けの合同企業説明会を控えている。説明会やセミナーは企画部が主導で行うが、イベント案内や当日の参加者誘導は営業部の仕事だ。  普段の業務──企業訪問や求人広告原稿の作成──にそれが加わるので、近くなれば当たり前のように残業になる。夜遅く、チームみんなでわいわいとピザやフライドチキンを食べるのは楽しい。 「いや、飲みに行きたいと思って。ふたりで」  今度こそ心臓が止まるかと思った。  また、凶器のような無自覚を発揮してる。気のない女を一対一で飲みに誘うのって、もはや犯罪だからね。ふたりで、という四文字に、わたしがどれだけ浮き足立ってしまうと思う?
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