#3 あやめはなさく夜更けに

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──Side 隆平  どうして誘ったの、とつっけんどんに言われて、そんなに嫌なら断ればよかっただろ、と席を立ちたくなった。  やっぱり可愛げのない女だ。白いカットソーから覗く鎖骨は綺麗なかたちをしているのに、肝心の顔はむすっとしている。普通にしていれば美人だと言えなくもないくせに、俺と話すときの高瀬は、なぜか、いつも少し怒っている。 「どうしてバーなの」 「文句しか出てこないのか、おまえの口からは」 「……お腹、すいた」 「ここ、食うものもあるんだ。奢ってやるからなんでも頼め」  なに上司ヅラしてんの、と唇を尖らせながらもメニュー表から目を離さない姿に笑ってしまいそうになる。  高瀬はまっすぐなうえ、意外とわかりやすいところがある。これも、上司になって知ったことのひとつだ。  一杯目はふたりともビールで、いつものサッポロ・クラシックではなく、地元のクラフトビールにした。薄い黄金色で果実のように甘くすっきりとしたそれは、ビールというより白ワインのようだ。さすがの高瀬も、「美味しい」と目を細めている。  ──そうだよ。おまえ、いつもそういう顔していればいいのに。  チームの、他のメンバーにはもっと朗らかなんだけどな。やっぱりあれか。はっきりと明言していたもんな。 「悪いな。嫌いなのに付き合わせて」 「嫌い?」 「俺のことが嫌いだって言ってただろ。ベッドの上で」  高瀬が残り少ないビールを吹き出して、「べ、ベッドって、やめてよ、人聞き悪い」と慌てて口を拭っている。 「だってそのとおりだろ」「なにもしてないのに、そんな言い方しないでよ」「なにもしてないってことは」「すみません、注文お願いします」──なんとわざとらしい。しかも、俺にひと言も訊かずに料理を頼むのかよ。
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