#3 あやめはなさく夜更けに

7/19
前へ
/280ページ
次へ
──Side 隆平 「……断ったくせに。二回も」  ミックスピザとカプレーゼ、フィッシュ&チップスを早口で頼み、メニュー表を畳んだ高瀬と目が合った。  ここへ来て初めてだ。職場ではひと席置いて隣だし、一緒に外勤へ出るときは運転席と助手席で横顔しか見えない。目を合わせることは、案外と少ない。 「そりゃ、まあ」 「大切にしろ、って言うんでしょ。知ってる」  二杯目は偶然にもお互いクラシックだった。結局慣れた味が恋しい、ということか。 「その……余計なことを言ったな、と思って」 「東は余計なことばかり言ってるでしょ。いつも」 「なんだよそれ、上司に対する態度かよ」 「はい出た、パワハラ」 「なんでもパワハラにするな。そういうのなんていうか知ってるか?」 「さあ」 「逆ハラっていうらしいぞ。逆パワーハラスメント」 「そのまんまじゃん」  また目が合う。高瀬が笑いを堪えきれなかったのと俺が肩を震わせたのは同時だった。軽い笑い声が、薄暗い店内に響く。 「どの辺が、余計なことだったと思ってるの?」  グラスに掛けられた指は、身体と同じくほっそりと頼りない。手が小さいな、といつも思う。いつも綺麗に手入れされた爪は装飾がなくシンプルで、すっきりとした外見の印象そのままだ。
/280ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12604人が本棚に入れています
本棚に追加