#3 あやめはなさく夜更けに

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──Side 隆平 「ゆっくり飲む、って言ってたのはどこのどいつだよ」 「東のペースに合わせてたらつまんないもん」 「だから、俺を酒弱い扱いするなっての」 高瀬とは最寄り駅が一緒だ。地上に続く階段をやっと上りきり、ふらつく細い身体に目を遣った。 こんな姿を見るのは初めてかもしれない。少なくとも酒に呑まれるタイプではないし、酔ってどうにか(・・・・)なる女じゃない。 あの夜が初めてだったのではないだろうか。男を誘ったのも、ああいうホテルに入ったのも。 「東のマンション、逆方向でしょ。うちすぐそこだから、ここで解散にしよ」 「こんな酔っ払ってるおまえをひとりで帰せるかよ。家まで送る」 「いいってば。もうこんな時間だよ。明日も仕事だよ」 「おまえだって一応女なんだから、なにかあったら困るだろ」 はいセクハラ、上司失格。むっと唇を尖らせる落ち着いた造形の横顔を、白く眩しい外灯が照らす。酒のせいで潤みきった目と目が合って、あの夜がフラッシュバックした。 「……一応、じゃないな。ちゃんと女だよ、おまえは」 「いいよ。取って付けたように」 しっかり掴んでいないとするりと抜けてしまいそうだ。スーツ越しの腕があまりにも心もとなく感じ、一瞬迷ってから肩を抱き寄せた。 なんて華奢な肩だろう。負けず嫌いでストイックな仕事ぶりからは想像できない。こんなんで、ちゃんと食ってんのか?こいつは。 ──薄くて固くて、女って感じがしなかったんだって。 そんなふうには思わなかった。本当だ。首筋からほのかに香るサボンも、胸元の繊細そうな肌も、我慢できないように漏れた声も。 俺はあの夜、高瀬が「女」であることを初めて意識した。「違う」はずだった、おまえを。 「えっ、待って、なに触って、」 「あんまりふらつくようなら、おぶってやるよ」 耳元に唇を寄せて言うと、手のひらを載せた肩が大きく震えた。真っ白なうなじが外灯に反射する。 ずっと見ているとまた(・・)変な気分になりそうで、俺は慌てて顔を上げた。
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