#3 あやめはなさく夜更けに

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「じゃあ、壁によしかかってろよ。そんなヒールの靴で転んだら骨折するだろ」 「……しないし」 「 酒ばっか飲まないで飯も食えよ。おまえに倒れられたら困るからな」 「 ……食べてるし。ていうか、東よりずっと健康的な食事してるし」  仕事に没頭するあまり、お昼を抜いてるときがあるでしょ。食べてるかと思えば、カップ麺とか菓子パン。せめて社食で食べなさいよ、と言いたくなる。  茉以子にするみたいに、お弁当のおかずを分けてあげられたらいいのに。そんな間柄に、なれたらいいのに。 「部屋、どこ?」 「角部屋。廊下の突き当たり」  駅からマンションまでの間、早く着いて、って思った。だけど、永遠に着かないで、とも思った。  この夜を引き延ばすには、どうしたらよかったのだろう。  すっかり更けて、もうすぐ日付が変わる。もう、こんなふうにふたりで飲むことはないんだろうな。  明日になればまた職場で顔を合わせて、たまに一緒に外勤に行って、チームみんなで残業して、飲み会で世間話や仕事の話をする。いままでもそうだった。きっとこれからも、そう。 「水飲んでしっかり寝ろよ。明日、遅刻しないように」 「……うん」  顔を上げると、丸っこい目と視線がかち合った。羨ましいくらいのぱっちり二重。わたしもこれくらい可愛かったら、もっと自信が持てる人生を送れていたのかな。  羨んでばかりだ。自分以外の人のことを。わたしが可愛くないのは、誰かのせいじゃない。全部、自分のせい。
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