#3 あやめはなさく夜更けに

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「……東、あの」 「なんだよ」 「もう、教えてくれない、の?」  ヒールを履いているわたしと東の身長差は、きっと10センチくらい。今度こそ唇がつかないように肩に顎を乗せ、手持ち無沙汰の腕を背中に回した。 「おまえ……マジでそんなことないって、分かっておけよ」  ぎこちなく頭を撫でられて飛び上がりそうになる。部屋に入ってから何度、この状況を夢だと疑っただろう。五感すべてが嘘なんじゃないかって、東を想うがあまり見えてしまった幻なんじゃないかって。 「さっさと寝ろよ。……また、来週にでも」  急に身体を解放されてよろけてしまった。暗闇の中で、丸っこい目がわたしを捉える。それから、触れるだけのキスを一秒。 「セクハラで訴えんなよ。合意の上だからな」  玄関のドアが閉まったのと同時にへたり込んでしまった。夢?現実?確かめるように唇に触れると、すっかり湿って熱を持っている。──現実、だ。 「また来週って……どういうこと?」  今日で終わりじゃないの?あんなふうにふたりで飲みに行って、プライベートな時間を共有できるのは。  少しくらいは舞い上がってもいい?あんなキスされて、ぎゅって抱きしめられたんだもの。あの夜(・・・)よりも、ずっと近づけた気がしたんだもの。  ──俺はしたいんだよ。おまえと。  頭の中がぐちゃぐちゃだ。どうして、とか、そんな気は起きないんじゃなかったの、とか──訊きたいことはいっぱいある。でも。 「こんなの……無理すぎる」  消化なんてできなくなってしまった。どうしよう。東への「好き」──全然、やめられそうにない。
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