#4 予想外は昼下がりに

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「上司に対してその返事はないだろ」  すごく近くで声がして、飛びのきそうになった。振り向くとすぐ後ろに東が立っている。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて。 「仕事に私情は挟まないように」 「挟んで、ないでしょ」 「クマ。おまえ、色が白いからすぐわかる」  そっと目の下に触れられて、今度こそ飛びのいた。そんなわたしのようすを見てくつくつ(・・・・)と笑いながら、「まさか、あれくらいで寝れなかった、なんて言わねえよな」と肩を叩いてきた。 「ちょっと、触んないでよ」 「はいはい。朝から怒んなよ、うるせえな」 「またうるせえって言った。ここ職場だからね、パワハラだからね」 「だからそれ、逆パワハラだっつの」 「つばき、隆平くん、おはよう。朝から盛り上がってるね、わたしも混ぜて」 「盛り上がってない!」  そう口にしたのはほぼ同時だった。白のサマーニットと花柄のフレアスカートを纏った茉以子が、「びっくりしたぁ」と口元に手を当てる。 「息ぴったり。やっぱり仲良しだね」 「冗談だろ?俺はこいつから逆パワハラを受けてたんだよ」  なんと小憎たらしい表情だ。ここにいる東は、昨夜とは別人なんじゃないだろうか。それとも、あれはやっぱり夢だったとか。  片手をスラックスのポケットに突っ込んで事務所を出て行く、その後ろ姿を眺めていると、ほんの数時間前のことを思い出してしまう。あんなに激しい、息をする暇もないようなキスを交わしたなんて──嘘、みたい。 「つばき、どうしたの?隆平くんの後ろ姿、そんなに好き?」 「えっ、す、好き、なわけ、ないでしょ」 「ふうん」  内勤営業チームの島は、わたしたちの島のすぐ隣だ。茉以子はバッグを自席に置くなり、「ねえねえ」と向井くんの席に腰を下ろす。
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