#4 予想外は昼下がりに

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「ここ、中途の正社員募集するみたいだぞ。全国チェーンのスーパーと提携が決まったから、事業拡大するって」 「へえ。いろいろやってるもんね。自社ブランドのパック惣菜始めるって言ってたし」  15時の5分前、わたしと東は5階の小会議室にいる。道内展開のスーパーマーケットの本社から来る新しい担当者を待っているのだ。  昨日の今日で、こうして肩を並べて座る羽目になるなんて。外勤は基本的にひとりだし、ほとんど話さない日もあるというのに。とりあえず、当たり障りのない世間話を──。 「社長が変わるとか変わらないとかって噂あったけど、どうなったんだろうね」  スーパーマーケットは多くあれど、地域密着型になると地方が限定されがちだ。この会社は「全道展開」を謳うに相応しく、どこに行っても店舗を見かける。安さというよりは、品質とオリジナル性の高い自社製品で勝負している印象が強い。 「さあ。それとなく訊いてみろよ」 「初対面で突然訊けないでしょ。前の担当者、話しやすくてよかったんだけどなあ」  からからとした笑顔が素敵な、同年代の女性だった。仕事の話だけでなく、ドラマや化粧品の話で盛り上がったこともあったっけ。  クライアントなのだから、男女に拘っているわけではない。だけど、新しい担当者が、東の言っていたとおり「物腰は柔らかい」けど「有無を言わせない」、「役職が上」の人であれば、いままでよりはやりにくくなる。 「なあ」  肘で小突かれて横を向くと、黒目がちの子犬のような瞳がこっちを見ていた。うまく仕事モードに気持ちを切り替えられたと思ったのに、これでは台無しだ。 「……なによ。触んないでってば」 「またする?」 「え?」 「15時まであと2分あるし」  憎たらしいくらい可愛い顔で見つめられて、言葉に詰まるのと同時に心臓が早鐘を打ち始めた。どういう意味?……する、って、まさか。
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