#4 予想外は昼下がりに

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 どうしよう。こんなに近かったら、またクマのことを言われちゃうかも。それより、リップ取れてないかな。ファンデ、くすんでない? 「え、と……その」 「冗談だよ、バカかおまえは」  職場でなに考えてんだよ、下手くそのくせに。小馬鹿にしたような笑いを返されて、顔がカッと熱くなる。  またからかわれた。昨夜のあれ(・・)も、やっぱり東にとってはなんの意味もない冗談だったのかも。……じゃあ、また来週、って言ったのも? 「こういうの……やめてよ。セクハラ」 「合意の上だっての。次、水曜でいいよな?」 「なにが」 「また来週って言っただろ。水曜、ノー残業デーだし」  心の中、読まれた?への字に曲がった口から零れたセリフに、一旦逸らした顔を横に向けた。可愛かったはずが、なぜか憮然とした表情に早変わりしている。 「なんだよ。自分の言ったことには責任持てよ」 「え、いや、あれ、冗談じゃ……」 「もう教えてくれないの、って珍しくしおらしい声で言ってたのは誰だよ」  ぐっと顔を覗き込まれて、朝のように飛びのいてしまう。危うく椅子から転げ落ちるところだった。  東の意図が分からない。そういう気になれないって言ったくせにあんなめちゃくちゃなキスをして、あれだけでお腹いっぱいなのに、本当に続きがあるなんて。  酔った勢いでも冗談でもないの?それとも、わたしが本気になったら、また「バカじゃねえの」って笑うのかな。 「や、めてよ。からかわないで」 「からかってねえよ」 「下手くそだからバカにしてるんでしょ。いいよもう、そんなの上手くならなくたって、」  唇に柔らかいものが触れたのはほんの一瞬だった。目を瞑る余裕なんてなくて、物凄い至近距離で見つめ合ってしまう。  ちょっと、って文句を言おうとしたらまた塞がれた。深くはない、啄むだけのキス。だけど何度も繰り返されるから、痛いくらいに波打つ心臓とは裏腹に、頭の芯がぼうっと痺れていく。
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