#4 予想外は昼下がりに

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「……次は、昨日以上のこと教えてやろうか」  可愛らしい顔が、一気に「男」に変わる。昨夜の光景が生々しく蘇って、感じたことのない疼きが身体中を駆け巡った──とき。  コンコン、とドアをノックする音が耳に刺さった。勢いよく離れると、「はい、どうぞ」と東のよそ行きの声が狭い会議室に響く。 「失礼します。SANOの者です」  正方形の磨りガラスの向こうから聞こえた声は穏やかで、若い男性のものに思えた。上の人、なのかな。そんな感じはしないけど──。 「えっ」  現れたのは、背が高くすっきりと端正な顔立ちの、濃紺色のスーツを身に纏った男性だった。うちのチームの間中(まなか)ちゃん──新卒2年目の女の子だ──が見たら、「羨ましすぎます。担当変わってください!」と目の色を変えて騒ぎそうだ。  ──でも、そうじゃなくて。驚いたのは、この人の容姿が整っているから、じゃなくて。 「うん。やっぱり、どこかで見たことあると思ったんだよね」  東に「初めまして」と一礼したあと、わたしに向かってにっこりと微笑んだ。言葉を失ったままのわたしを、隣の上司が怪訝そうな顔で見つめている。 「つばきちゃんが連絡くれないから、俺が来ちゃったよ」 「え……っと」 「新しく担当になりました、人事部長の佐野と申します。よろしくお願いします」  佐野さんが名刺を差し出してくる。名前には丁寧に読み仮名が振ってあって、「さの きすけ」と書かれていた。  あ、ほんとに、きすけ、って読むんだ。そんなどうでもいいことに気を取られてしまうくらいには、動揺している、みたいだ。
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