#4 予想外は昼下がりに

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 しっかり冷房が効いているというのに、汗が背中を伝っていく。横を向けない。かといって、まっすぐ前を見る気にもなれない。 「婚活パーティー、ですか。いまは気軽に参加できるものも増えているそうですね」  さすが営業職と言うべきか、上手な切り返しだ。東のくせに、気の利いた返答してんじゃないわよ。……って、そうじゃなくて。 「高瀬さんもきっと、お友達と気軽に参加されていたんでしょうね。参ったなあ、本気だったのは僕だけか」  ふたりの視線が、頬に額にばしばしと刺さる。仕事に私情は挟まないように。私情しか込み上げてこない。上司にも、クライアントにも。 「……SANOさんは、新しく中途社員を募集されるそうで」  なんとか方向転換しようと話し始めて気づく。株式会社SANOの佐野さんって──偶然、なのだろうか。よくある苗字ではあるけれども。 「そうなんですよ。今回は、経験者に絞って募集しようかと」 「では、募集広告も文面などを少し変えてみましょうか。詳細を教えていただければ、たたき台を作成します」 「じゃあ、あとでメールしておきますね。名刺に書いてるアドレスに」  すみませんがそろそろ、と佐野さんが立ち上がった。この気まずい雰囲気からやっと解放される。メールでのやり取りなら、顔を見ることもなく冷静に対応できる。大歓迎だ。 「わざわざご足労いただいてありがとうございました」 「こちらこそ、無理を言って申し訳ありません。御社がどのような雰囲気なのか、一度見てみたかったもので」 「SANOさんに比べると小さなビルでお恥ずかしいです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」  横から鋭い視線を投げられ、慌てて頭を下げた。「これからは仕事でも(・・)よろしくね。連絡待ってるよ」──穏やかな声に顔を上げると、佐野さんがこちらをじっと見つめている。 「……えっと、詳細をメールでいただくということでは」 「じゃ、なくて。プライベートの話」  スーツのポケットからスマホを取り出し、含み笑いをしながらちらちらとかざす。そして、「今日中によろしく。僕は、仕事の早い人が好きなんです」と完璧ともいえる笑顔を浮かべた。
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