#4 予想外は昼下がりに

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「未経験のくせに婚活パーティーって」  佐野さんが会議室を出るなり、よそ行きの笑顔を浮かべたままの東がぼそっと呟いた。お腹の底がカッと熱くなるのを感じながら、「うるさい、ほっといてよ」と資料が挟まった分厚いファイルを脇に抱える。 「処女のくせに婚活パーティーって」 「同じこと二回言わないでよ」  東に関係ないでしょ、とドアの方に足を向けたわたしの腕を、「関係は、ねえけど」と掴む。教えてもらえそうなやつ、いるじゃねえか。続いたセリフに、今度は足先が冷たくなった。 「やるな、高瀬のくせに。あれたぶん、次期社長だろ?」 「……知らない。どこで働いてるかなんて、訊かなかったもん」 「どうしてだよ。婚活パーティーって、安い会費で参加した女どもが、男を上から下まで舐め回すように眺めた挙句、年収でジャッジを下す戦場だろ」 「……そんな捻くれた見方してたら、本気で婚活頑張ってる女性に刺されるよ」  ていうか、刺されろ。口の中で呟いて、腕を思いっきり振り解いた。  どうしてそんなに普通なの。あんなキスしておいて、やっぱりわたしは「女」じゃないの?  もし少しでも、他の女性と違うって思ってくれているなら、佐野さんとの関係も婚活パーティーのことも気になるはずだ。こんなにいつもどおり──むしろ楽しんでいるように見える──だなんて、東は、昨夜のことを気にも留めていない。 「おまえは、そうなのかよ」 「なにが。いいから事務所戻るよ」 「待てよ」  解いたのにもう一度掴まれて、足元がふらついた。「なにすんのよ。仕事溜まってるんだけど」「偶然だな、俺もだ」──腕に手形がつくのでは、と心配になるくらいの強い力に、仕方なく振り向かざるを得ない。
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