#4 予想外は昼下がりに

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「すごいね。こんな偶然があるんだぁ」  悪戯っぽい笑顔とひそひそ声で我に返った。微細なパールシャドウが乗った瞼をぱちぱちして、「大チャンスじゃん。頑張ってね、つばき」と茉以子がわたしの手を握る。  ──東に握られた感触、忘れたくないな。 「あくまで仕事だもん。プライベートは持ち込みません」  その手をやんわりと解き、席について深呼吸した。メールボックスを開くと新着が一件。知らないアドレスからだ。 「高瀬さま 先程はありがとうございました。資料を添付します。連絡待ってます」 「……どうしよ」  求人広告の内容を大幅に変えるとなれば、打ち合わせや連絡の回数が増えることは明白だ。いいものを作るにはお互いの意思疎通がなによりも大切だし、最初から躓くわけにはいかない。  ──おまえの連絡先と仕事は関係ないだろ。  確かに、上司(・・)の言うとおりだ。佐野さんは大きな企業の人事部長で、そんな人が、公私混同をするとは思えない。  こんなことになるのなら、パーティーの直後にメッセージを送っておけばよかった。あんなに迷ったくせに行動しなかったバチが当たったのかな。  机の上に伏せたままのスマホを取り、「友だち」の欄に埋もれている佐野さんを探す。メッセージ画面を開くと、何度も文章を打っては消した跡が残っている、そんな気がして恥ずかしくなった。 「本日は弊社にお越しいただきありがとうございました。これからは、会社のアドレスからご連絡させていただきます……っと」  これでいい。どうせ向こうだって本気じゃない。一番角の立たないやり方を選んだまでだ。  右隣をちらりと見ると、東は真剣な顔でパソコンに向かっている。自分のスマホから佐野さんに連絡したことは黙っておこう。なぜかそう直感した。  そのお堅いメッセージに既読がついたのは、ちょうど帰宅したころだった。それからすぐに返信が飛んできたのだけど、その内容は──。
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