#5 酔い待ちの水曜日

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 手がかさついている、という意味だろうか。ハンドクリームはこまめに塗るようにしているし、少しでも爪が長く綺麗に見えるようにと、肌に馴染むベージュ系のマニキュアを選ぶことが多い。最後に塗り直したのは一昨日だ。 「そんな顔しないで。俺はさっきから、君のことを褒めてます」  伝票を持って立ち上がろうとした佐野さんを呼び止めると、「プライベートのつもりだから俺が払うよ」とかわされてしまった。 そういうわけには、と言うわたしを制し、これで何人の女性を落としてきたのだろうと思わせる笑みを浮かべる。  ──まったくときめかないか、って言われたら、さすがに嘘になるな。  女性として見てもらえないことの多い人生だ。佐野さんのような人に曲がりなりにも褒めてもらえるなんて、ドッキリか罰ゲームではないだろうか。  ──いや、罰ゲームはあっち(・・・)か。  今日は定時で上がれよ、とすれ違いざまに囁いてきた上司を思い出す。今日も弄ばれるのだろうか。キス以上を仕掛けられたとしても、拒める自信はまったくない。  ──好き、って、弱いよなあ。約束した瞬間から、今夜が待ち遠しくて堪らなかったなんて。  いっそ、この人の好意に乗ってしまえたらいいのに。……だけど、もし、東の存在がなかったとしても。 「つばきちゃん、そろそろ昼休み終わるんじゃない?あの可愛い、子犬みたいな顔した上司くんに怒られちゃうよ」 「……はあ」 「あの人でしょ。つばきちゃんの好きな男」  あんな顔してすごい遊んでそうだよね、東さんって。その鋭い洞察力に感心するより先に、モヤモヤと燻っていた違和感が形になっていく。 「大丈夫、俺は遊ぶ気なんてまったくないんで。そもそも交際なんかすっ飛ばして、つばきちゃんと結婚したいと思ってます」  あ、いま、違和感のパズルが完成した。この人、やっぱり、どこか変だ。
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