#5 酔い待ちの水曜日

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──Side 隆平  最近の俺は、自分自身に苛立っている。原因はなにか。そんなの知るか。こっちが教えてほしいくらいだ。  人間とは、あまりにも予想外のことが続くと、苛立ちと混乱を忘れるために現実逃避をしたくなるらしい。 見事に上がらなくなった腕はそのせいだ。おかげで、社用車を運転するのも一苦労だった。 「あれ東くん、自主的に喫煙してるの?珍しい」  嫌味なメガネ野郎──言うまでもなく久保だ──が、メビウスのボックスを手に入ってきた。あと数分で昼休みが終わる。喫煙所には俺たちふたりきりだ。 「筋肉痛を紛らわすために仕方なく」 「そんなに鍛えてどうするんだよ。体力系ワークに転職でもするの?それとも、顔とのギャップ萌えを狙ってんの?」 「どっちでもねえよ」  そうですか、と久保がタバコをふかしながら薄ら笑いを浮かべる。入社当時から見た目がほぼ変わらない、要するに老けない男だ。いけすかないやつだとは思うが、なぜか波長が合ってしまうのが悔しい。 「今日のつばきちゃんさ」 「なんだよ」 「うわ、なにその食い気味な感じ。目の色変わってるし」 「変わってねえよ。で、高瀬がなんだって?」  膝下丈の、タイトなレーススカートを身に纏ったあいつの姿を思い出す。いつも地味なパンツスーツばかり着ているくせに、どうして今日に限ってあんな格好をしているのだ。  唇も瞼も頬も、仕草でさえも普段と違うような気がしてならない。 それを今夜の約束のせいだと考えるのは、思い上がりが過ぎるだろうか。こんなことを考えているとバレたら、「調子に乗らないでよ」とそっぽを向かれてしまいそうだ。 「なんか色っぽいよね。せっかく脚綺麗なんだから、いつもスカート履いてればいいのに」 「高瀬はスカートってガラじゃないだろ」 「そう?さっきトイレで会った男性連中はみんな、あの細い脚触りてえって言ってたけど」  色っぽいって、あいつ、処女だぞ。口には出さずにそう言い返す。
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