#5 酔い待ちの水曜日

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「隆平さん、すんませんっす。遅くなりました」 「お疲れ。帰っていいよ。野球の練習あんだろ?」 「でも」 「その代わり、明日は別の原稿の直し頼むな。向井の文章、俺のよりずっとわかりやすいから」  ──定時で上がれよ、なんて言っておいてこれだもんな。  すでに定時から1時間が経過し、18時半を回った。わたしはキーボードを打つ手を止め、資料に埋もれているひとつ隣の席を見る。  介護施設のケアワーカーの求人広告にミスが見つかり、土壇場で差し替えが必要になった。担当の向井くんが大急ぎで施設に赴き、たったいま訪問から戻ったところだ。  見つけたのは茉以子だ。外勤営業チームが作成した原稿をチェックするのは、内勤営業チームの大切な業務のひとつ。とはいえ、部下のミスを見逃していたことに、東は少なからず落ち込んでいるようだった。 「高瀬さんもまだ残るんすか」 「あ、うん。気にしないでいいよ。作っちゃいたい報告書があって」 「そ、すか……」  向井くんが気まずそうな表情で、わたしと東を交互に見遣る。間中ちゃんもまだ外勤から戻っていないし、本当に帰っていいのか考えあぐねているのだろう。 「いいから帰れって。大会近いんだろ」 「……はい」 「向井のチーム、クライアントの宝庫だからな。しっかりやって顔売っとけ。な?」  ワイシャツを腕まくりした東が立ち上がり、向井くんの背中を強く叩いた。すると、その言葉に救われたように顔を上げて「すいません」と大きなリュックを背負う。 「明日、早く来て直します。お先失礼します」 「おう」  向井くんの大きな背中がドアの向こうに消えるのと同時に、東が目を細めてため息をついた。あーあ、また「いい上司」しちゃって。
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