#5 酔い待ちの水曜日

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 東は、自分に足りないものをわかってる。自分の目が、すべてに行き届いていないこともわかってる。 その上で、どうしたら周りが気持ちよく仕事をできるか、成果が上がるか、チーム内の雰囲気を明るく保てるかを常に考えている。  リーダーとしては当たり前の思考なのかもしれない。だけど、昇進してからずっと、悩んだり迷ったりしている姿を近くで見てきたから──こういう一面に触れると胸が熱くなってしまう。  口悪いし、子どもくさいし、無神経で無自覚で、悪いところもいっぱいある。 それなのに、たったひとついいところを見つけてしまうだけで、あっさりと「好き」のゲージが上がってしまう。惚れたほうは、やっぱり弱い。 「東ってば、いい上司」  わたしの背後を通り過ぎようとした瞬間に、小声で呟いた。今日の約束はどうなるのだろう。数年ぶりのスカート、無駄になってしまうのかな。 「うるさい、話しかけんな」 「向井くんのやつ、手伝おうか」 「いいから、おまえは自分の仕事しろよ。こうやって話してる時間が無駄だっての」 「なにそれ、失礼じゃない?」 「突っかかってくるなよ。こっちはな、さっさと帰りたくて必死……」  苛立ったように捲し立てている途中で、東がはっと口を噤んだ。「……クソ暑いから、早くビール飲みたいんだよ」。ごまかすように言って、雑に椅子を引く。 「お酒、弱いくせに」 「聞こえてんぞ」  鋭い返しにふっと笑いを零すと、東も釣られたように頬を緩めた。……頑張ったメイクも勇気を出してみたスカートも、なんとか無駄にならずに済みそう、かな。
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