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チェック柄のワイシャツに包まれた東の背中は、こんな展開になったことを悔いているように見えた。
怖い、のに、手を伸ばしたい。
だって、何度も想像した。この爽やかな香りを、むせ返るくらい近くで感じられたら。顔に似合わない筋張った手で、あらゆるところに触れられたら。
「東──」
「やっぱりやめとくか。俺たち、こういうんじゃないだろ」
こういうのはやめた、って言ったそばからこれって、有言不実行にも程があるよな。こんなんだからだめなんだ、俺は。
誰に向けているのかわからない独り言を聞き流し、がっしりした二の腕を強く引く。
「こういう、んじゃないから……こうなってる、んでしょ」
いいから、してよ。ぽろりと吐き出して、恥ずかしさにのたうち回りたくなる。東は微かに目を見開いたあと、「あれだけ震えてたくせに」と目を細めた。
「キスも、まともにできないくせに」
顎を軽く持ち上げられ、また唇が包まれた。些細な力で肩を押されて、あっけなく転がってしまう。
「雰囲気も読めないし」
視点がうまく定まらないうちにブラウスのボタンが外されていく。だめ、と叫びたいけど、息継ぎすらできないのだから到底無理だ。
「せめて目線くらい合わせろよ。おまえ、顔は悪くないんだから」
えっ、いま、褒められた?喜ぶべきか、聞き流すべきか。忙しなく自問自答しているうちに薄い胸元を指でなぞられて、柔らかいものがそこに触れる。
「あ、待っ……やだ、恥ずかしい」
「あのな、まだ恥ずかしいことはしてないだろ」
「も、もう……十分……っ」
恥ずかしい。こんなに近くで顔を見られていることも、ブラウスの下を暴かれそうになっていることも、29歳にもなって自然の流れに身を任せられないことも。
またとない機会なのに。いまを逃したら、もう二度と、こんなことはない。
大きなため息が聞こえた。はだけたブラウスを抑える右手にそっと手を重ねられ、跳ね上がりそうなくらい驚いてしまう。
「……もう一度訊くけど、はじめて、ってことはないよな?」
わたしが黙ったのを答えと受け取ったらしかった。東がもともと丸い目をさらに丸くして、「マジかよ」と呟く。
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